第十四話
今や風前の灯となっているローゼルディア王国の王都ヴィレンツィア。
この日、ウィスデニア宮殿の謁見の間には紺色の軍服に煌びやかな勲章を付けた王国軍の将校だけではなく胸に略称を付けた黒白青紫紺と各群を示す軍服を着たイーダフェルト軍の将校たちが渋い表情を浮かべながら立っていた。
「それでは定刻となりましたので、会の方を始めさせていただきます」
王国軍士官の口から一回目となる合同戦略会議の開始が告げられると、全員の視線が玉座の間の床に広げられた巨大な地図に注がれる。
今回の会議が開かれるに至った表向きの理由は両国軍の相互理解と反攻時の連携を図るというものだったが、王国軍はこれまでの戦闘で八割近くの戦力を喪失し事実上壊滅したと言ってもいい状態であるため実際は派遣されたイーダフェルト軍の現状と今後について説明を受けるという意味合いの方が強かった。
「――では、イーダフェルト軍の現状について説明します」
ルディリア方面軍総司令官を務めるエリシャ・アトウェル陸軍大将はそう言うと、王国側の用意した指揮鞭を持ち地図の前に立つ。
王国軍と違い飾り気のない軍服を着るアトウェルの姿に、王国軍――特に護国派と呼ばれる将校たちの視線は厳しく彼女の実力に疑念を抱く者もいた。
「王国防衛を目的とした輸送作戦『フォルセティ』は無事完了しました。現在は王都に近い都市ラガロム近郊に三個師団が展開し、帝国軍の王都侵攻に備えています。大陸の沖合には我が海軍の艦隊が展開を完了しており、帝国軍になにかしらの動きがあった場合は迅速な航空支援が行えるよう態勢を整えています。来月にはルドルフォアに建設中の航空基地も完成する予定ですので、王国の防衛はより強固なものになるでしょう」
アトウェルが指揮鞭で指した場所にイーダフェルト軍を示す白い駒が次々と配置され、その様子を眺めていた王国軍将校たちは互いになにかを囁きあう。
アトウェルが話を区切ると、護国派将校たちの中からでっぷりとした体躯を豪奢な軍服で包んだ禿頭の男が前に進み出た。
「イーダフェルト軍の行動に我々も大変心強く思います。ですが、貴国の総帥は帝国軍撃滅のため大軍を派遣すると約束しておきながら実際には三個師団しか派遣しないとはいただけませんなぁ」
男が嫌味ったらしくそう言うと、背後にいた将校たちもイーダフェルト軍を貶める発言を始める。
護国派のこの行動はイーダフェルト側を徹底的に貶めることで会議の主導権は王国側が握っているのだと誇示し、延いてはこの戦争の「主役」も王国軍であるということをイーダフェルト軍にわからせようとしての行動だった。
「いやいや、イーダフェルト軍にとってはこれが大軍なのかもしれませんよ」
「期待外れですな。たかが数万を大軍というような連中に背中を預けて戦うなど出来るものか」
「あれだけ大風呂敷を広げたのだからどれ程の大軍を派遣してくれるのかと期待したが、これだけとは我が国も舐められたものだ」
将校たちの嘲笑を玉座に座るオーフェリアは顔を青くさせながら聞いていたが、アトウェルは気にする素振りを見せず無表情のまま説明を再開する。
「皆様のご懸念は当然かと思います。ですが、今も仕上げた兵力はあくまでも王国の防衛に必要な必要最小限のものでしかありません。帝国軍を王国領内から排除するため、本土では更なる兵力の派遣計画が進められています」
「ほう。では、イーダフェルト軍はどれ程の兵力を派遣してくれるのか改めてお聞きしましょうか」
「陸海空軍占めて三十万以上の兵力になります」
アトウェルから告げられた瞬間、それまで嘲笑していた護国派将校たちの表情が固まる。
「そ、それは頼もしい。ですが、それだけの大軍を動かすとなると膨大な時間を必要とするでしょう」
「ご心配には及びません。部隊の移動は策定された輸送計画によって順調に進められています。六ヶ月後には全部隊が王国領内に展開を終える予定ですので、王国軍の皆様は帝国軍に怯えることなく安心して募兵された新兵を精兵になるまで教育されればよろしいでしょう」
アトウェルの皮肉めいた言葉に、将校たちは露骨に表情を歪める。
最初に難癖をつけた禿頭の男も怒りで頬を引き攣らせながら言い返そうとすると、オーフェリアが鋭い視線と手でそれを制し玉座から立ち上がった。
「いい加減にしなさい! 王国軍には帝国軍と正面から戦える力はもう残されていません。それはあなたたちが一番よくわかっているはずです。それでもなお面子にこだわるという者がいるのなら、今ここで名乗り出なさい。国家存亡における敵と見做し、今ここで任を解き反逆罪とします!」
オーフェリアの毅然としたこの言葉に嘲笑していた将校たちは口を噤み、アトウェルたちを貶めていた禿頭の男もすごすごと引き下がった。
「話を遮ってしまいましたね。アトウェル大将、続きをお願いします」
穏やかな表情に戻ったオーフェリアは、アトウェルにそう告げて玉座に座り直す。
「先程も申しましたが、すでに反攻に向けた兵力の移動は開始されています。第一陣は二週間後、第二陣以降も順次到着する予定です。地上軍は中部、北部、南部に戦線を構築し帝国軍と対峙することになります」
「――失礼。質問してもよろしいかな」
そう言って手を挙げたのは、護国派とは異なりイーダフェルト軍との共闘を好意的に受け止めている共闘派に属する老齢な将軍だった。
「どうぞ」
「アトウェル閣下の話では反抗作戦に用いられる部隊は半年後に展開を終えるということだが、それよりも前に帝国軍の進攻が始まった場合の対応をお聞きしたい。恥ずかしながら、陛下の言われたとおり我が軍にはもう帝国軍を押し止める力はないのだ」
「ご心配は理解しています。我が軍が展開し終えないうちに帝国軍に進攻の兆候が見られた場合、海上に展開する艦隊やルドフォアに建設中の航空基地から航空機が出撃し、帝国軍の各部隊を空爆することになります」
「すまない。その、クウバクという攻撃で帝国軍を押し止めることが本当に可能なのか?」
航空機というものが存在しない王国軍にとって空爆の効果を想像できず将軍は訝しげな表情を浮かべるが、尋ねられたアトウェルは鷹揚に頷いて見せた。
「帝国軍の侵攻の意思を挫く効果はあると保証いたします。空爆する目標は地上部隊はもとりより補給拠点なども含みますので、帝国軍の進攻を阻害することが出来るでしょう」
「それは心強い。期待していますぞ」
「それでは次に、現時点で判明している帝国軍の配置になりますが――」
その後も予定されていた情報共有等が行われ、始めこそ多少のいざこざがあったものの無事に一回目の合同戦略会議は終了したのだった。
* * *
ヴィレンツィアで合同会議が開かれている頃。
王国への派兵で活気づくイーダフェルトでは、蔵人がシルヴィアを連れて第八行政区にある軍需工廠地区を訪れていた。
「総帥閣下、副総帥閣下、ようこそお出でくださいました」
車輌から降りた蔵人とシルヴィアを出迎えたのは、統合軍需省長官ティナ・アルマス技術大将と白衣を着た女性技官だった。
「短い間だが世話になる。それで、隣の彼女は?」
「本日、総帥閣下が視察なされる第九工廠の工廠長を務める涼原亜矢乃大佐です」
「涼原亜矢乃です。本日は閣下の案内役を務めさせていただきます」
挨拶を済ませ涼原が先導しながら工廠内に入ると、白衣や作業着を着た職員たちがパソコンや書類を見ながら意見を交わし合う光景が至る所で目に入った。
「ご存じかと思いますが、本工廠はほかの工廠と違い我が軍で使用される兵器や弾薬の生産ではなく、この世界に存在する資源等を用いた兵器の研究、開発を担当しています。と言いましても、我が国が用いているものと大差がないのですが」
涼原の説明を受けながら各研究室を見て回った蔵人たちは、本日の視察の目玉ともいえる一際巨大な格納庫の前で足を止めた。
扉前には小銃を持った数名の警備兵が立っており、ほかの施設に比べて厳重に警備されていることが見て取れる。
「少々お待ちください」
そう言って涼原が扉前に立つ警備兵に身分証の提示などの手続きを済ませると、大型スライド扉横に設置された通常の扉から格納庫の中に入る。
「これが……」
格納庫内に照明が灯けられ蔵人たちの目の前に姿を現したのは、ところどころに爆発や火災の跡が残る帝国軍の空中艦だった。
この空中艦は帝国軍の王都奇襲作戦でイーダフェルト軍の戦闘機によって撃墜された空中艦の一隻であり、同盟締結後に研究用に王国から譲り受けたものだった。
「全長二三〇メートル、大きさだけで比較するとドイツのLZ 127「グラーフ・ツェッペリン」と同程度といったところでしょう」
「この艦自体についてわかったことは?」
「艦体を構成する素材等については通常の艦艇と大差はありません。搭載する火砲は空対空から空対地用と幅広く搭載されています。搭載量は王都での実績から考えて最低でも歩兵一個連隊は搭載可能でしょう。我々風に言えば空飛ぶ強襲揚陸艦といったところでしょうか」
「なるほど。ところで……こいつのエンジンに当たるものが見当たらないんだが、どうやって飛んでいるんだ?」
「動力に関しては直接見ていただいた方がいいでしょう」
涼原がそう言うと、蔵人の後ろをついてきていたシルヴィアが口を挟んだ。
「大佐、主様を危険な場所にお連れするのは控えてほしいが……」
「ご安心ください。外見はこんな感じですが、補修工事は完璧に行われています。この艦の動力部も破損した影響で機能を停止しているので、暴走等の心配はありません」
「それならいいんだが……」
シルヴィアは不安気な表情を浮かべながらも蔵人共に涼原に続いて空中艦の艦内に入り、艦底の中央部付近まで歩く。
隔てられている扉を開いた先は、巨大なボイラーのような機械が設置された区画だった。
「これがこの艦の心臓になります」
「随分とでかいな。どことなく『金剛』型のボイラーを思わせるが、燃料はやはり重油か?」
その問いに涼原は複雑な表情を浮かべながら、サファイアブルーの液体が入った一本の試験管を蔵人の目の前に差し出す。
「これは?」
「この艦の燃料タンクと思われる箇所に入っていた液体です。被弾したことでタンクが破損したのかほとんどが漏れ出ていましたが、タンクの底を浚いなんとかある程度の量を確保しました」
「これが燃料か……この分析は?」
「本工廠の研究員総出で分析に当たらせていますが、液体の原料については未だ見当もついていません。今わかっていることは、この液体と機関によって艦を飛ばすことが出来るということです」
機関部の視察を終えて艦の外へ出た蔵人は、思案顔で空中艦を見つめながら隣にいる涼原に声をかけた。
「大佐、この艦を我が軍でも建造することは可能か?」
「技術的には問題ありません。さらに言えば、鋼板や装甲材等の技術は我々の方が優れていますので、帝国軍の艦よりも軽量化することも可能でしょう。ただ、やはりネックとなるのは……」
「造った艦を飛ばすための動力源か」
蔵人はその場で少し考え込むと、涼原に向き直った。
「建造に話を進めるのは燃料と機関の問題が解決するのを待つしかないか。研究員たちには苦労をかけるが頑張るように伝えてくれ」
「かしこまりました」
第九工廠の視察を終えた蔵人は別の工廠に移動すると、王国へ提供する兵器の生産状況等を確認してから総帥官邸へ戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます