第10幕 阿鼻叫喚筋肉少女地獄絵図
蝶介がマッチョつ千代と最終決戦(っていっても筋肉見せびらかし対決だけど)をしている頃、こちらはマッチョつ千代神社。
意を決したイノセントとプリンセスが、神社の敷地内へと歩みを進める。一歩足を踏み入れた瞬間に、邪悪な雰囲気が立ち込めているのがわかった。
「お姉さマッチョ!」
「ええ、気をつけていきマッチョ、イノセント」
プリンセスは「マッチョ」の使い方に慣れたのか、絶妙な言い回しでイノセントと共に、神社の奥へと進んでいく。境内はとても手入れされていて、葉っぱ一枚落ちていないほどに綺麗だった。
しかし、周囲は紫色のどろどろとしたオーラで覆われており、ときおり「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」という、トレーニング中の息遣いのような声が聞こえてくるような気さえしてきた。二人にとって、悪霊やマッチョ物の声よりも、こうしたトレーニーの声の方がよっぽど気味が悪かった。
神社の本殿に近づいてくると、さらに紫色のオーラが濃くなってきた。足取りが重く……なるわけではないが、二人はなんとなく筋肉がピリピリとしてきたような気がしてきた。
「マッチョよ、マチョセント。早くマッチョを取り戻すッチョ!」
「お姉さマッチョ? 言葉がマッチョマチョにマッチョますわ!」
マッチョつ千代神社のマッチョッチョ濃度が高まってきたのか、二人の言葉は法則を無視して、おかまいなしに筋肉ワードを連発するようになってしマッチョった。
このマッチョマッチョでは二人がなんと会話しているのか分からなくなってしマッチョうので、これから少しの間だけ、日本語訳をつけることにする。
なんと本殿の中心には見事な木製のマッチョッチョ像が立っていた。おそらくこれが平安時代の筋肉貴族、「マッチョつ千代成蔵」本人の像なのだろう。爽やかな笑顔を作り、右腕を軽くマッチョげて力こぶを作っている。その力こぶには流暢な文字で「封露照印」と書かれた古い和紙が貼り付けられていたのだった。
「マッチョマッチョ、マチョチョ!(お姉さま、あれが封露照印ですわ)」
「マッチョ、マチョチョ、マチョマッチョマチョチョッチョ(ええ、あれを剥がせばいいのね!)」
木像の力こぶに貼り付けられたお札を剥がすだけなのだが、イノセントもプリンセスも嫌な予感がしていた。ここから何か新たな敵が出現するような、そんなおどろおどろしい雰囲気がしたのだ。
もっというと、紫色のオーラはこの木像から放出されており、「ああ、これはこの木像と戦うパターンなんだな」と誰が見てもそう思えてしマッチョうほどだった。
「マッチョマッチョ、マチョチョチョチョ!(お姉さま、気をつけて!)」
イノセントの声に対してにこりと微笑むと、プリンセスは木像のもとへと進み、手を伸ばした。
「!」
すると、プリンセスの伸ばした手が突然ムキムキのマッチョッチョになってしまったのである。「ひえっ!」と軽く悲鳴をあげて、プリンセスは数歩後ろへ飛びのいた。
「マッ、マッチョッチョチョ?(一体、どういうこと?)」
黙ったまま、イノセントがゆっくりと手を伸ばす。そしてマッチョッチョ像にあと数十センチというところになって、彼女もまた同じように手がムキムキマッチョッチョになってしまったのだった。
「マチョ、マッチョッチョマッチョマッチョ!(恐らく、この像の半径約50センチ内に入ると体がマッチョになってしまうようですわ! それだけこの呪いが強力だということです!)」
「マッチョ……(そんな……これじゃうかつにお札を剥がすわけにはいかないじゃない……)」
プリンセスはどうしても自分の体がマッチョッチョになるのが嫌なようで、木像に向かって手を伸ばすことができなかった。そしてそれはイノセントも同じだった。
「マッチョ、マッチョ……(しかしお姉さま、お札を取らないことには蝶介が……一人で戦っていますわ)」
「マッチョ……(う、うう……仕方なくないけど……仕方ないわね)」
ゴクリと唾を飲み込んで、プリンセスがもう一度木造へ向かって右手を伸ばす。
「チョ……(うっ……)」
右手の指先から前腕、そして上腕にかけてあっというマッチョにムキムキのマッチョッチョへと変貌していく。彼女は自分の細くて綺麗な腕が、血管が浮き出て、力こぶが盛り上がった腕へと変わるところを見ていられず、思わず顔を背ける。
「マッチョマッチョ!(お姉さま! あと少しがんばってくださいまし!)」
もっと前へ進まないと封露照印が取れないと、イノセントがプリンセスの背中を押した。それに伴い、プリンセスの右半身がムキムキのマッチョッチョになってしまった。
「マチョチョチョチョチョ!(いや! いやあぁぁぁぁぁ!)」
しかしそのおかげで、プリンセスの右手が封露照印に届いた。グッとたくマッチョしくなった右手で掴み、引っ剥がそうとするが……。
「マッチョ!(と、取れないわ! 強力な魔力で護られている!)」
現在の地獄絵図にも似た状況を改めて確認しておきたい。
神社本殿に右腕を曲げたマッチョ像が一体。右腕の力こぶにお目当ての封露照印(お札)、それを掴んでいる右半身マッチョのプリンセス。彼女を背中から押しているイノセント。ロシア民話の「大きなかぶ」のおじいさんとおばあさんをイメージしてもらえるとわかりやすいと思う。
「マチョ!(イノセント、あなたも力を貸しなさい!)」
プリンセスは可愛らしい左半身でイノセントを抱き寄せ、そして彼女を強引に木像へと押し込んだ。
「マッチョチョチョ!(や、やめてくださいお姉さま! いやぁぁぁぁぁ!)」
木造へ近づきすぎたイノセントは、左半身がマッチョになる。そして二人が封露照印を掴んだ。
「マチョ!(いくわよ、イノセント!)」
「マチョォ(ううっ、マッチョにだけはなりたくなかったのに……)」
プリンセスとイノセント、二人の半分マッチョッチョマッチョ法少女が力を込めると、神社全体が強烈な光に包まれる。そして……封露照印(お札)は剥がれ、周囲に存在している紫色の邪悪なオーラを全て吸収した。
「これで……終わりね」
「ええ、お姉さま……あっ! 言葉が元に戻っていますわ!」
プリンセスとイノセントは光の中で、神社とマッチョ像が消滅していくのを見届けた。最後、マッチョ像がきらりと白い歯を光らせて「ありがとう」と言ったような気がしたが、見て見ぬふりをした。
しかし彼女たちは気付いていなかったのだ。
言葉は元に戻っていても、マッチョになってしまった右半身(イノセントは左半身)は元に戻っていなかったことに……。
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