第3幕 嗚呼、伝説の松千代神社

 綾小路あやのこうじ仲麻呂なかまろは焦っていた。


 夢野李紗りさと夢野真弥まやを手に入れるためには、あの番長こと番所蝶介ちょうすけをも凌ぐ筋肉を手に入れなければいけない。しかし彼も、筋肉がそんな一朝一夕に身につくものではないことくらい知っていた。筋肉とは、筋トレをしてタンパク質を摂取して、また筋トレをして……その努力の先にやっと手に入れることができるものだということを。

 しかし彼にはそんな時間的余裕はなかった。手っ取り早くムキムキになってしまわなければ、僕の天使が番長に奪われてしまう! その思いで頭の中はいっぱいだったのだ。


 何でもいいから先人の知恵はないかと、先祖代々受け継がれてきた綾小路家の書庫を漁っていると……まさかまさか、今まさに仲麻呂が求めているのにぴったりな文献を見つけてしまったのだ。


 戦国時代、この地を納めていた武将である「松千代マッチョ成蔵なるぞう」なる人物を祀った「松千代マッチョ神社」が隣町にあるという。そこに行き、祈りを捧げると「松千代マッチョ」の恩恵に預かり、筋トレの効果が何倍にもなるのだそうだ。なんとも胡散臭さ満載であったが、彼は藁をもすがる思いで戦国武将、松千代マッチョ成蔵なるぞうの力に頼ることにしたのだった。


 夢見丘市の中心から電車で約三十分ほど。

 隣町に入ってすぐのところに、松千代マッチョ神社はあった。いつものように学校の授業を終えた綾小路仲麻呂は、この日はまっすぐ家には帰らずに、電車に乗って松千代マッチョ神社を訪ねていた。夕焼けが辺りを真っ赤に染め、彼の影が長く真っ直ぐに伸びていた。


 彼は、文献に書かれていた通りに「封露照印プロテイン」という綾小路家に代々伝わるお札を携え、鳥居をくぐった。参道を歩きながら周りを見たところ、当たり前だがごく普通の神社といった印象だった。地面もきれいに竹箒で掃除した跡が残っていて、落ち葉一つ、雑草一本生えていなかった。神主が相当気の利いた人物で、毎日の掃除を欠かしていないんだな、と仲麻呂は感じた。


 そして本殿の前に着いたとき、仲麻呂はピリピリとした緊張感を味わった。ここには確かに何かいる。おそらくそれは文献にあった「松千代マッチョ」一族の魂なのだろう。ここで祈れば自分もムキムキになれる。そして可愛い天使ちゃん二人を自分のものにすることができる。彼はごくりと唾を飲み込むと、一歩前へ踏み出した。


 胸ポケットから「封露照印プロテイン」を取り出し、両手で持って空高く掲げた。そしてこれも文献にあったとおりに祈りの言葉を捧げた。

「松千代の始祖であり神、松千代マッチョ成蔵なるぞう様、どうぞ私に松千代の力を!」


 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。仲麻呂はびっくりしつつも、目で声の聞こえてくる方を追う。スピーカーがどこかに隠されているのかと思ったが、それらしきものは見当たらなかった。もしかして、本当に神様の声なのだろうか……? 興奮と少しの恐れが入り混じった表情で、彼は声に耳を済ませた。


「私の眠りを起こすのはお前か?」

「はい、松千代マッチョ成蔵なるぞう様!」

「ほう、私の名を知っているか……。であれば私の欲するものが何か、わかっておろう」

「もちろんです。封露照印プロテイン、お納めくださいまし」


 仲麻呂はそう言って、封露照印プロテイン――お札を前に差し出す。すると、お札がぽおっと青白く輝き、ゆっくりと消えた。


「ははははは! まさしくこれは封露照印プロテイン、私の求めていたものだ! 望み通りお前には松千代マッチョの力を授けてやろう!」

「う、うわああぁぁぁっ!」

 目の前で強い光が輝き、仲麻呂はそこで意識がなくなった。



 次に彼が目を覚ましたとき、そこは暗くて人通りが全くといっていいほどない、ただの歩道だった。「あれ? 松千代マッチョ様は……」キョロキョロと辺りを見渡すが、神社らしき場所はどこにもなく、ただ足元に小さな石碑があるだけだった。しかもその石碑は建てられてから長い年月が経ったのだろうか、中央に大きく長い亀裂が入っていたのだった。


「夢……だったのか?」

 ゆっくりと起き上がると、仲麻呂は自分の体の異変に気づいた。着ていた洋服がタンクトップに変わっている……! そして、信じられないくらいムキムキの姿になっていたのだった。


「夢……じゃなかったのだ! 僕は……僕はついに松千代マッチョの力を手に入れたのだ!」

 心の中に少しだけモヤッとした違和感を感じたものの、仲麻呂は筋肉がついたことが嬉しくてあまり気に留めなかった。そして彼はそのまま家路に着いた。



<作者注>

 今回の松千代神社の作成にあたりましては、宇部松清さん作「魔法少女マッシヴ★チョコリーナ 〜何をしても痩せなかった私がこの方法で痩せました!〜」https://kakuyomu.jp/works/16816927859804849855

 を参考にさせていただきました。主人公の女の子が松渋千代子なんです。

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