第4幕 ヒーヨワーのどうでもいい過去とマザープロテイン

 ガリキャの牢獄に囚われている蝶介ちょうすけ秀雄ひでおの前に、ガリガリーズのボス、ヒーヨワーが現れた。ボス……という割には覇気もなく、一言で言うなら骨皮筋右衛門ほねかわすじえもんのようであった。


「お前が……ガリガリーズのトップなのか?」


 蝶介がヒーヨワーを睨みつけながら言うと、「まあそんな怖い目で見るなよ」と彼は遠い目をしながら話し出した。聞かれてもいないのに。



「昔は私も……マッスルキングダムでトレーニングを勤しむいちマッチョだったんだ……。しかし結果を出すことに焦ってしまった私は、ついついドーピングに手を染めてしまってね。たったそれだけで筋肉剥奪、国外追放となってしまったのだよ」



 秀雄はその話を聞きながら、筋肉剥奪ってなんだろうと思ったが、尋ねると話が面倒くさい展開になりそうだったのでスルーしておいた。



「そのあとはひどいもんだった。筋肉がないからみんなから馬鹿にされる。地獄のような苦しみを味わって、気付いたんだ。マッチョがいるからいけないんだ。マッチョになるためにみんな苦しんでいるんだ。だったらマッチョなんかいなくなればいい、と」



「……」

 蝶介も秀雄も返す言葉が見つからなかった。二人とも心の中で「全部ドーピングに手を染めた自分のせいじゃん」と思っていたからだ。



「復讐を誓った私は、こっそりとマッスルキングダムに侵入し、マザープロテインを盗み出したのだ。これでマッチョたちはマザープロテインの恩恵を受けることはできなくなった。そして私はマザープロテインの仕組みを逆に使い、筋肉を奪い取る魔法を作り上げたのだ! 効果は君たちも味わった通りだ、もうこの国にマッチョはいない。ガリガリキングダムの時代がやってくるのだ!」



 ははははは! と肋骨を浮かばせながらヒーヨワーが高らかに笑う。――狂ってる! 蝶介も秀雄もヒーヨワーのひねくれた考えに、当然共感することなどできず言い返した。


「お前は間違っている! 筋肉は裏切らない! 筋肉は友達だ! 筋肉は……人生だ!」


「だまれだまれだまれだまれぇぇ!」


 まるでどこかの詫びろ半沢直樹、のような言い回しでヒーヨワーが激昂した。彼に対して筋肉を褒め称える言葉はNGなのである。


「お前たちを幹部候補にしようと思って勧誘に来たのだが、もうやめた! 一生ここでガリガリのまま筋肉失調で亡くなるがいい! 筋肉に飢えて苦しめ! ハハハハハ!」


 ヒーヨワーはそのまま背中を向けて牢獄から出て行った。足音が聞こえなくなると、再び部屋を静寂が支配した。


「すまない秀雄……言葉の選択を間違えたようだ……幹部になっていれば脱出の機会も伺えただろうに」


「アニキ……アニキは間違ったこと言ってないっす。僕でもきっと同じことを言っ

ていたと思います……だから、アネゴたちが助けに来てくれるのを待ちましょう!」


「……ああ、そうだな」

 二人はにこりと微笑み合うと、ガリガリの体で腕立て伏せを始めた。


 

 ☆★☆☆★☆☆★☆



「マザープロテイン?」


 マチョキャお城のこと(現ガリキャ)に通じる地下道を歩きながら、真弥まやがちびマッチョ君に尋ねた。


「はい、この国の筋肉の源となっている宝石です。人々はその宝石から溢れ出るプロテインドリンクを摂取して、筋肉を作っていました」


 ――プロテインドリンクって、蝶介たちがいつも飲んでいるアレよね……この国では普通に販売されている物ではないみたいね。話を聞きながら李紗りさはそう推察した。悠花ゆうかも同じことを考えていたようで、「プロテインドリンクってどこにでもあるものじゃないの?」とちびマッチョ君に尋ねた。


「とんでもない! プロテインドリンクはマザープロテインからしか汲むことができないのです。毎日、マッキン筋肉王国の住民たちは筋トレをした後、マチョキャのマザープロテインの間でプロテインドリンクをいただくのが日課だったんです」


「それが……ヒーヨワーに奪われてしまったのですね」真弥がそう言うと、ちびマッチョ君がうなづいた。


「そうなんです、さらに奴はマザープロテインを魔改造して筋肉を奪う力まで手に入れてしまった……僕はこの国の王子として絶対にヒーヨワーを倒し、みんなをマッチョに戻さなければいけないんだ!」


 ちびマッチョ君はぐっと力を込めて、上腕二頭筋を隆起させた。それは硬い決意の表れのように見えた。


「えっ!? ちびマッチョ君は王子様だったのですか?」と真弥。

「ってことはプリンス・マッチョ……略してぷっちょ君ね!」と嬉しそうに李紗。

「だからマチョキャへの地下道も知っているんだ」悠花は納得の表情であった。


 ちびマッチョ君改め、ぷっちょ君はにこりとうなづいた。そしてしばらく走ると、地下道の終わりが見えてきた。


「さあ、この扉の向こうがマチョキャです。中にはガリガリーズがたくさんいると思われます。気をつけて行きましょう!」

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