お持ち帰りはユルサナイ

平中なごん

一 廃病院

 それは、まだ僕が学生だった頃、夏休みに実家へ帰省した時の出来事です……。


 都会の大学へ通うために実家を離れていたのですが、同じように都会へ出ていた高校時代の友人達も帰って来ていて、僕らは久しぶりに遊ぶことにしました。


 まあ、遊ぶといってもゲームをするか、カラオケに行くかぐらいの月並みなものしかなく、もっとおもしろい遊びはないものかと話し合っていると、その内に誰かが「納涼がてら心霊スポットにでも行こうぜ」と言い出したんです。


 刺激を求めていたこともあり、それにはみんな、即答で大賛成でした。


 特にオカルト的なものが好きというわけでもありませんでしたが、僕もそれには反対せず、あまり深くも考えずにその場のノリで友人達に同調しました。


 行く先として選んだのは、地元ではそれなりに知られている山の上の廃病院。


 看護婦の霊が現れるだの、車椅子に乗った入院着姿の患者に追いかけられるだのと、まあ、よくある廃病院の怪談っぽいことが云われている場所です。


 僕らの家からはちょっと離れた距離にありましたが、すでに運転免許と自分の車を持っているやつがいたので、その車に乗り込んで僕らはその廃病院へと向かいました。


 一緒に行ったのは僕の他に三人。仮にA、B、Cと呼ぶことにすると、そこまで親しくはないけれど車を出してくれたA、クラスで一番のお調子者だったB、僕と一番仲がよかったのがCです。


 街灯もそのほとんどが壊れたまま放置され、舗装も劣化してガタガタな暗い山道を、ポップな音楽をカーステレオでかけつつ登ってゆくと、やがてそれが見えて来ました。


「──うわあ、雰囲気あるなあ……」


 それは、思った以上に不気味なオーラを放っていました……。


 ひび割れたアスファルトから雑草がぼうぼうに蔓延はびこった敷地内、蔦が絡まり、カビで薄汚れた鉄筋コンクリートの巨大建造物が、夜の暗闇に黒々とそびえ立っています。


 たくさん並んだ窓という窓のガラスがバリバリに割れ、壁にはヤンキーの落書きと思われるスプレーで描いた絵や文字もあちこちに見受けられます。


「よ、よし。行こうぜ……」


 懐中電灯を手に、その威容を見上げてしばし呆然としていると、Bがそう言って僕らは入口の方へと歩き出しました。


 入口の自動ドアのガラスも粉々に砕けているため、中へは容易に侵入することができます。


 懐中電灯のか細い光以外、明かりの何もない真っ暗な建物内に、僕らは吸い込まれるようにして入って行きました。


 長年に渡り先客・・達がやったのでしょう……内部もやはりボロボロでした。


 泥まみれのリノリウムの床には、ガラスやら病院の備品やらが散乱し、壁には外同様にスプレーの落書きがあちこちになされています。


 待合のソファも表面のビニールがビリビリに避け、中のスポンジやらスプリングやらが無残に飛び出しています。


「そうだ! 動画撮っとこうぜ」


 エントランスをあちこち見回していると、思い出したかのようにBがそう言ってスマホを取り出し、僕らは心霊系某チューバーさながらに動画撮影をしながら、廃墟然とした病院内をおそるおそる進んで行きました。


 奥まで光の届かない真っ暗な廊下に、いまだ消毒液の臭いが残る診察室、きっと何人かはその場で臨終を迎えたであろうベッドの並ぶ入院棟の病室、そして、わずかに線香の香りが鼻腔をかすめる、おそらくは霊安室であったであろう地下の窓のない部屋……どこもかしこも不気味さ満点で、始終僕らは背中のゾクゾクが止まりませんでした。


 とはいえ、怖いことは怖いのですが、かと言ってなにか幽霊の類が出るなんてこともありません。


 看護婦や車椅子の患者はおろか、黒い人影のようなものさえ見ることはありませんでした。


「なんだ。なんもいねーじゃん。ここは大本命の手術室に期待するしかねえな」


「ああ、そうだね……」


 少々期待外れな感もあった僕らは、いよいよこの病院で最もヤバイとされる手術室へと向かうことにしました。


 場所は、エレベーター前に貼ってあるフロアマップや、辛うじて生きていた案内板でなんとかわかります。


「おお、確かになんか出てきそうだ……」


 懐中電灯をあちこち動かしながら室内を見渡すと、そこは現代のもののような明るく清潔な感じのする手術室ではなく、いくつもの電球を円状に配置した照明器具や無骨な手術台……昭和な香りがするというか、どこか人体実験をもいとわないマッドサイエンティストを彷彿とさせるような、なんとも薄ら寒い場所です。


「気持ち悪いは気持ち悪いけど……でもやっぱりなんも出てこねえな……」


 一通り室内を見回した後、Bがつまらなそうに呟きました。


 それには僕らも同意見です。本当に出たらきっと悲鳴をあげて逃げるのでしょうが、やはりせっかく来たのだから何か起こってほしいと思うのが人の心情というものです。


「そういや、カルテとかってあんのかな? あとメスとか……ちょっと探してみようぜ」


 続け様、そう言ったBはガサゴソとその辺を漁り始めます。


 都市伝説的な怪談で「廃病院の手術室にあったカルテやメスを持ち帰ったら、霊に呪われて命を落とした云々…」というのがよく語られていたりします。きっとBはその話を思い出したんでしょう。


「いや、さすがにそんなもん残ってないだろう……」


 などと言いつつも、僕らもBと一緒に付近の闇の中を物色し始めます。


 ですが、廃病院とはいえ、急に閉院して夜逃げしたわけではないでしょうし、意外と手術室内は片付けられていて、やはりカルテもメスなどの手術器具も残ってはいません。


 いや、そもそもそんなものを普通は置きっぱなしにしないでしょう。


「ちぇ…つまんねえな……なんか、飽きたからもう帰るか……」


 目ぼしいものは何も見つからなかったので、Bがそう言ったのを機に、僕らはそろそろ帰ることにしました。


 Bは残念そうにしていますが、僕は内心、カルテが見つからずに安心していました。


 もしそんなものがあったとしたら、Bのことなんできっと持ち帰るなどと言い出すでしょう。カルテを持ち帰って、あの有名な怪談のように呪い殺されるのはまっぴらごめんです。


 それから真っ暗な朽ち果てた廊下を再び歩き、元来た入口から外に出て車まで戻ったのですが、その間にもこれと言って何かがあるということはありませんでした。

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