四 愛情の全てと、もうひとつ

 招かれてやって来たマンション内にある夜科の部屋で、二人は隣り合ってソファに座っている。

 乙羽より七歳上の夜科は寡黙な男で、少ない口数の中で語ることといえば、専ら己の妻のことだった。

 夜科日和。有する天体性は恒星だったという。

 恒星は誰もが明るい性格の持ち主で、テレビに出るような有名人の内、天体性を公開している者はほとんどが恒星だ。しかしその明るさゆえか、惑星以外の者には触れただけで火傷を負わせてしまうという性質も併せ持つ。

「高校時代の同級生だったんだ。人気者だったから、惑星への色眼鏡を抜きにしてもはみ出し者だった僕なんかを気にかける理由が、分からなかった」

 恒星が周りに好かれやすい人間であるのに対して、惑星は存在しているだけで観測者から奇異の目で見られる人間だ。その理不尽な色眼鏡を外すには、恒星と契るしか道が無い。

「最初は、惑星だから憐れまれているんじゃないかと考えた。人の好意を信じられなかったんだ」

 でも、

「そうじゃなかった。まあ、今でも彼女が僕を選んだきっかけはよく分からないけど……。

 日和さんは、僕も知らなかった僕のことを沢山教えてくれた。僕の世界を広げてくれたんだ」

 穏やかな口調で紡がれるのは、乙羽には生涯向くことが無いと断言出来る慈愛の言葉の数々だ。普通なら二人のどちらか、またはその両方に負の感情を抱きそうなものだが、乙羽の心を満たすのはやはり、圧倒的なまでの幸福感でしかない。

 夜科鼎が幸せであったことは明らかだ。

 だからこそ乙羽は、自分が蚊帳の外の人間であるにも関わらず、夫婦に訪れた不運を我が事のように嘆かずにはいられなかった。

 契りを結ぶと共に書類上の婚姻関係も得て間も無く、日和はコラプサーに罹患した。

 コラプサーとは、恒星のみが罹る病気の一種だ。身体の一部が透けていき、日常的な動作もままならなくなるという症状を発生させる。更にその他普通の病気も併発しやすくなってしまうが、運が悪くなければ自然に治癒していく。しかし、病状が進行して身体の透ける範囲が広がっていくと最悪の場合、光や周囲の人を引き込み潰殺してしまう破壊の天体──ブラックホールと化してしまう。

 日和は、その最悪を引き当ててしまった。

 災厄でしかないブラックホールの末路は決まっている。いくら潰されても量産出来るアンドロイドに捕らえられ、連行され、国が管理する地下牢獄に幽閉されるのだ。

「僕達天体性保有者の寿命は長くて二百年だけど、ブラックホールは五百年前後生きるそうなんだ。

 僕は日和さんを置いて死ぬのに、日和さんは真っ暗な牢獄に繋がれながら生き続けなくちゃならない」

 夜科は、そこまで話した内容の重さに引き摺られたかのように、深く項垂れる。そして、

「日和さんに会いたい」

 いつかの時のように、叶わない願望を口にした。


      ◆


「もし会えたら、何を話します?」

「……え?」

 あっけらかんとした声でそう問うと、夜科は顔を上げて不思議そうに首を傾げた。

「もう、会えないんだ。話せないんだよ。考えるだけ無駄になる」

「叶わない夢でも、抱くくらいは自由ですよ」

 乙羽は緩く笑いかけた。

 気休めでしかないことは、かつて夢を諦めた乙羽自身がよく理解していることだった。

 しかし、

「すげえベタですけど……、想うだけで幸せなこともありますから。

 絵に描いた餅だって餅なんだから、食べた気にはなれますよ」

「乙羽くんは、通らない理屈を遠慮無く通しに行くね」

「そういうのは嫌いですか?」

「いや。日和さんも似たようなことをよく言っていたから、これでも破天荒な言動とかには慣れているつもりだよ」

 だからこそ、と夜科は息を零して乙羽の方を見つめてきた。

「日和さんのときと同じ疑問がある。君に訊いたことを、もう一度ぶつけたい」

 一息。

「どうして?」


  続

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