第8話 2月の先輩と俺2


 先輩と出会ったころの話を進めよう。



「お母さんね、本当のお母さんじゃないの。私を生んでくれたお母さんは2歳の時に死んじゃったのよね。だからあの人は継母ままははなわけ」


 その日は、道端でに先輩に接触。


 雑踏ざっとうから逃げるように入ったファーストフード店で、先輩が語る身の上話に耳を傾けていた。

 その日は会った早々、怒り心頭って感じで先輩はイライラしていた。


 家を出ようとしたら、呼び止められて小言を言われたとかそんなありがちな理由だったような気がする。


「育ててくれたのは感謝してるけど、結局、家庭崩壊してる。それで自分たちは好き勝手してるくせに、私にはいちいち干渉してさ……うっとおしいよ」


 うんうん、わかるぜ。

 なんて適当に傾聴しながら、塩抜きで頼んだポテトをつまんだ。


 その日の先輩は、デニムのショートパンツに厚手のタイツ。

 男物の軍用ジャケットを羽織って、キャップに髪をひっ詰めたラフなスタイル。

 ぷりぷり怒りながら、ハンバーガーにかぶりついていた。

 飯も食べずに飛び出したらしく腹を空かせていた。



「あんたさ、シェイクとかもいるか?」

「ほひい」


 口いっぱいに頬張ったままむぐむぐしている先輩を尻目に注文しに行く。

 戻ってきたときには、バーガーはきれいさっぱりなくなっていた。


「ほれ」

「ありがと」


 ずぞぞとシェイクを吸い込む先輩を見ていると、野良猫に餌付けしている気分になった。実際やっている事は同じだしな。


「……いっとくけど、お金払わないからね」

 俺の視線に気が付いた先輩が、ジトっとした視線で訴えかけてくる。


「いらねぇ。おごりだよ」

「……あやしいわ。見も知らずの私にこんなに色々してくれるなんて――は、もしかして、体が目当てなの!?」


「仮にそうだったとしても、全部食ってから言うことじゃねーな」

「や、やっぱり、そうなんだ!! ……ご、ごごごめんなさい。ご飯はうれしかったけど、私そういうのはちょっと、あの、その」


 急に挙動不審になり、視線が泳ぎまくる先輩。

「ちがうちがう。マジで俺も暇してたからさ。知り合いがいたら飯くらいおごるだろ」と言い訳をした。


 先輩は、そうなんだ。そういうもんなの……? とぶつぶつ言っていたが、『そんなわけねーだろと』心の中でツッコミを入れた。


 男は基本、下心なしで飯なんかおごらない。この子まじで、世の中に出しちゃ駄目なやつだ。世間知らずでいい子過ぎて、いつかひどい目に遭うわ。


「そろそろ行こうぜ」

「どこ行くのよ」

「適当にゲーセン。ゲームしたことなかったら、ボーリングでもいいし、ビリヤードや、ダーツもある」


  ◆◆◆


 先輩を誘ってゲーセンに向かう。

 駅前に最近できたのは、総合アミューズメント化してて、なんでもある。

 インターネット喫茶も併設してあって、シャワーや仮眠もとれて便利だ。


「わぁあああああーーー!? 何ここすごい。キラキラだ!」

「反応が子供かよ」


 あまりに無邪気に喜ぶものだから、思わず笑ってしまう。


「あんた、こういうとこ来ないのか?」

「うん、うん。……うち、なんか厳しくてゲームセンターとか行っちゃ駄目だって言われてて」

 あー、これは箱入りだわ。


「友達は? 女子高生だったら、遊びに誘う友達ぐらい、いるだろ」

「あれ? 私、高校生って言ったっけ?」

 やべ……、つい口を滑らせた。


「あー、多分それくらいかなって思ってたんだよ。なんだあんた、そんなガキ臭ぇ恰好で、大学生とか言うなよ? もしくは中学生だったか? それだったらすまんなぁ。お こ ち ゃ ま」


「は、はぁ!? ガキ臭くないし! 高校2年よ! 君だって同じくらいでしょ!? なに大人ぶってんの、キモ!」

「残念でしたー。俺はもう精神的に大人なんだよ。箱入り家出娘と違ってなぁ?」



 ムキーと怒り散らかす先輩をかわしながら奥へ誘導する。

 ほらこんな入口で騒いでたら目立つからさ。

 できるだけ目立ちたくないんだよね。


 それからは先輩を連れて、メダルゲームやシューティングゲームなんかを回った

 先輩はどれもこれも初めての体験だったらしく、きゃいきゃいと騒いで楽しんでいた。

 

 クレーンゲームのコーナーに差し掛かった時、ふいに足がとまる。

 不細工な狸のぬいぐるみが釣ってあって、それが気になっているようだった。


「どうしたん? それ、気になるのか?」

「え、あう……。うん。なつかしいなーって。これ『たぬたぬ』って言って、私が子供のころ好きだった教育番組のキャラなんだよ」


 へぇ、このぶっさいくなのがねぇ……。

 『たぬたぬ』とやらは、信楽焼きの狸をベースにしたようなデザインをしていて、デフォルメが効いてるわりに、きんたまがしっかりついてたり、酒のみ設定なのか、赤ら顔のスケベ面だったりで、ちっとも可愛いとは思わなかった。


「キモ……」

「き、きもくないよ! 可愛いよ!」

「そーかぁ? どう見ても一般的に見てかわいくはないだろ」

「そこがいいんだよ! 当時でもキモかわいいって一部に人気だったんだから!」

「やっぱりキモイんじゃねーか!」


 それでも、先輩は並々ならない想い入れがあるらしく、結局チャレンジする流れになる。


「ねぇねぇ! そこ、もっと左じゃない!?」

「うっせ、これはここでいいんだよ。ここのアームは左側がちょっと強く設定してあってだな――ああ、落ちた!?」

「あー、ばかー!! なんで落としちゃうの。もうちょっとだったのにっ!」

「ああ、うるせえうるせえ。じゃあ、今度はあんたがやってみろ。ほれ、金は入れてやっから」

「よーし、やってやるわよ!」


 クレーンゲームに食い入るみたいに、集中する先輩。

 その横顔の美しさに目が奪われる。長いまつ毛に、勝気そうな瞳。

 興奮して上気したほほはピンク色で、小さな顔にはこれ以外ないってバランスでパーツが収まっている。

 


「――っし! やったぁ! ねぇねぇ取ったよ! ほらほら! ――どうしたの?」

「ど、どうもしねぇ……」


 見蕩れていたのを、ぶっきらぼうにごまかした。

 先輩は気づいていないらしく、ふーん、と不思議そうな顔をしていた。

 そのころから、俺だって、ちょっとは意識してたのかもしれない。


「今日はありがとね」


 先輩の家の前まで送って行ったころには、すっかり夕方になっていた。


「おうよ。ちゃんとお義母さんと仲直りするんだぞ」

「それは、保証できないなぁ」


 なんて言葉とは裏腹に、一抱えもあるたぬたぬ人形を抱えた先輩はニヤニヤと上機嫌だった。

 家の中に入ろうとした先輩は、ふと振り返る。


「ねぇ、君さ、スマホ持ってるよね?」

「もちろん持ってるよ。今どきもってない奴いるか?」

「そっか……、じゃこれ私のアカウント。ほら、出して出して」

 先輩はトークアプリを表示させて、友達登録を催促さいそくする。

「またさ、遊んでよ。私学校にも友達いなくて、毎日鬱々うつうつしてたんだ。でも君といたら楽しかった」


 登録が終わった。トークアプリの画面には、藤原璃々音の名前と共に、サムネには不細工な狸の顔が映っていた。

 たぬたぬ本当に好きなんだな。

 こんなに不細工なのに……。


「んじゃ、遊びたいとき連絡しろよ。俺も大体ヒマしてるから」

「うん。わかった。――でも、なんなのこの名前『ケンドーマン』って」

「カッコイイだろ?」

「馬鹿じゃないの」


 クスクス笑う先輩。

 かっこいいだろうが……。

 俺は少なくともそう思ってる。大真面目にな!


 それじゃまた、と手を振り去ろうとすると


「ねぇ、まだ名前聞いてなかった!」

 と先輩が声をかけた。


「あー、内緒。またそのうち教えてやんよ」

「なんでよ、今教えてよ!」

「いやだね。ヒーローはそう簡単に正体を明かさないもんなんだよ」


 先輩はまだ何か言おうとしていたが、無視して立ち去った。



 ――先輩の携帯がに見られて、『綿見』って名前があったら面倒な事になる。


 先輩が危険な目に遭わないためにも、あの時は、まだ名乗れなかったワケ。





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