第12話 勇者はアイドルになるべきなのです

「申し訳ありません! 皆様に観衆の前で戦わせてしまった……これは完璧にこちらの落ち度です」


「「「へ?」」」


 勇者一行パーティ管理支援官マネージャーであるオーリーが、青やら緑やらまだらに染まったステージ衣装を纏い、申し訳なさそうにしている勇者たちに、勢いよく頭を下げていた。


 その背後では歌い手ヴォーカル踊り手パフォーマーを失った曲が、場違いにもハイテンションに流れている。


 ノリのいい曲調が観衆の気分を煽るのか。

 勇者たちが魔物モンスターを討伐した場面に立ち合ったプラナの民はみな、熱に浮かれて叫んでいた。


「うおおおおおおおお! ありがとうにいちゃん達ーーー!!!」

「よかった、よかったぁーーー! 勇者様が偶然、滞在してくださっていたのですって!」


「……皆さん、喜んでいるみたい……ですけど?」


「そんなもの、はじめのうちだけですよ」


 オーリーの言葉はどこか冷たい。切って捨てるような物言いに、ウルスラの片眉がピンと跳ねる。


「……オーリー。お前、なんの根拠があってそんな暴言を吐く?」


「すべて歴史が証明しているからです。皆様は知っていますか。魔王を倒した後の勇者の扱いを」


 憎々しげにそう言うオーリーに、勇者一行パーティは目をパチクリとまたたかせた。


 勇者アレクはイヴァンとウルスラと視線を合わせ、3人同時に首を傾げた。


「考えたことないですね、そんなこと。魔王も倒していないのに」


 アレクの答えに、オーリーが少しうつむいた。


「ですよね。……こんなこと、旅立ったばかりの皆様に言うのは躊躇うのですが……我々は繰り返しの歴史をどうにかしたいのです」


「……それは世界平和維持機構の総意ってことですか?」


「はい、そう受け取っていただいて構いません。……皆様は魔王を倒した歴代の勇者様たちが、どのように晩生を過ごしたか……ご存じですか?」


「そういえば……知らない、かもしれない」

「ですね。養成機関時代も教わらなかったですし」

「オーリー、そこになにかあるんか?」


「そうです。どの勇者様たちも魔王討伐後はしばらくの間、持て囃されます。けれどそれは、一年持てばいい方です。……勇者の洗礼を受けた者は魔物を魅了し、惹きつける力がありますから」


「……、……? ……あっ!」


 オーリーに言われて、アレクは思い当たる節があった。


 イヴァンにやられた人語を話す魔物が、まるで魅了かなにかの洗脳が解けたみたいに正気に戻る様を。


「おかしいと思いませんでしたか。皆様よりレベルの低い、実力もない魔物たちが群れをなして襲ってくるのを。ノクタリア草原が魔物の繁殖地であると言っても、この周辺の狩人ハンターならば倒せるような弱い魔物ばかりです」


「確かに……。魔物は自分よりも強いものを襲わない。草原の魔物が襲ってくるのは、この近くに魔王軍の拠点があるからじゃとばかり思っていたが……」


「魔王が存在しているとき、勇者様の力は希望となります。けれど、魔王が倒されても魔物が消滅するわけじゃない。魔王の支配が解かれるだけで、危険であることに変わりはありません。ですから……」


「人々はおそれるわけですね、勇者の力を」


 オーリーがイヴァンの言葉に深く頷いた。


「そうです。忌避される存在となった歴代の勇者様はみな、不幸な人生を送りました。讃えられるべきなのに。感謝されるべきなのに。我々はいつだってそんな勇者様方を助けられなかった……」


 オーリーは尻窄みに言葉を吐いて、一度区切った。


 もしかしたら泣いていたのかもしれない。けれど、目深に被ったフードとマスクのせいで表情は読めない。


 乱れた感情を整えるようにオーリーは息を吐いた。

 そうして姿勢を正して顔を上げる。


「ですから皆様にはアイドル活動を行って欲しいのです!」


「「「……なんて?」」」


「今はお辛いでしょうが、アイドル活躍を継続していただきます」


「待て。待て待て待て待て。シリアスな話からなんでそうなるんじゃい!」


「僕は別に辛くないんで、いいですよ!」


「空気を読んでくれイヴァン! ……オーリー、なぜアイドルなんだ?」


 オーリーはアレクの問いに、言葉を詰まらせた。ダボついた長衣コートの袖を長い指で、ぎゅう、と握り込む。


「……ゆ、勇者様が……」


 どうにか言葉を発したオーリーの声は、背後の曲(エンドレスで同じ曲が流れている)にかき消されそうなほど、細い。


 けれど、勇者アレクの聴力は、そのか細い声を聞き取った。


「うん? 俺が、なに?」


 アレクの再度の問いかけに、オーリーは意を決したように息を吐いて吐いて、それから大きく吸い上げた。

 そして——!


「勇者様が好きだからですそれ以外にありますか? 魔王を倒すために青春を捧げ倒した後は隠れて暮らすか生贄のように処刑されるしかない残酷な運命を背負った勇者様……歴代の勇者様方はそんな運命を受け入れ平和のために犠牲になったのです好きにならない方がおかしいでしょう!?」


「あっ、はい」


「だからこそのアイドルです!」


「だからこそのアイドル」


「古文書から得た古代知識を総合すると、アイドルとは民衆に愛される方々のことを指すのです! 歌と踊りだけじゃない。幅広い活動を通して民衆を勇気づけ、心の支えになり、健康を促進する!」


 ここまでほとんどノーブレスで言い切ったオーリーの胸と肩が、苦しそうに上下していた。


 勇者一行パーティは、そんなオーリーの情念に気圧けおされ、若干引き気味だ。

 いや、もう顔を引き攣らせて引いている。


 けれど余韻に浸るオーリーは気づかない。オーリーは拳を握ってさらに力を込めて訴えた。


「で、あるならば、勇者様たちはアイドルになるべきです!」


「「「……は、はぁ」」」


「……魔王討伐後、勇者様方が、薄情な民衆に殺されないためにも」


 付け足されたオーリーの言葉だけは、哀愁と後悔が滲んでいた。





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