第10話 本番ステージ30秒前

 午後二時の鐘が鳴る。

 ガラン、ゴロンと響く鐘の音は、勇者一行パーティの新たなる挑戦を祝福している……ようには思えなかった。


 ——正直、めっちゃ不安。不安しかない。


 俺はオーリーがプラナの大工職人ギルドに発注したライブステージの袖で、勇者らしくなくガタガタ震えていた。


 袖なし長衣コートのせいで物理的に寒かった……わけじゃない。


 そんな俺に、身体はもう暖まってます! と言わんばかりにほこほこしたイヴァンが、キョトンとした顔で話しかけてきた。


「アレクさん、武者震いですか?」


「そんなわけないでしょ……イヴァンは怖くないの」


「怖くはないですね! 僕、こういう本番でアガったことないんですよ!」


 なんて頼もしい。どうやらウチの万能戦士は、どんな戦場フィールドでも戦えるらしかった。


 そんな風にイヴァンを尊敬して崇め奉っても、緊張が消えるわけじゃない。


 俺たちの初★ステージのチケットは、まばらな観客席から分かるように、散々な揺れ行きだった。


「うっ……やはり知名度がまったくない状態からのスタートはキツいなぁ……」


 そのチケット代も、パン屋の子供がくれた手書きの割引券にはじまり、干し肉、畑から引っこ抜いてきたばかりの芋、自炊用のコンロと鍋一式、携帯用調味料セットなどの現物支給がほとんどだ。


 ——現金が……現金が足りない!


 焦り始めたのはウルスラも同じ。滅多に汗をかかない額を冷や汗で湿らせてオーリーを探すように声を上げた。


「ヤバいんじゃないのか、コレ。……おい、マネージャー。ステージ代は前払いか!? この後支払いが控えてるやつは本当にないんじゃな!?」


「ご心配いただきありがとうございます、問題ありません。我々の夕食費用を出せないというだけのことですから」


「宿賃は!? 宿賃は大丈夫なんか!?」


「ええ、問題ありません。明日の朝まではぐっすり眠れますよ」


「あ、明日の朝までかぁ〜〜〜! ……オーリーさん、開演まであと何分?」


「あと三十秒ですね。……すみません、力不足なばかりに皆様にはガラ空きのステージでパフォーマンスしていただくことになってしまって……」


 申し訳なさそうに深々と頭を下げるオーリーに、イヴァンが明るく笑いかけた。


「まあ、お客さんゼロよりいいと思います! これはこれで精神メンタル耐性の修行になりそうですし!」


「そうだな……よし、行こう!」


 そうして俺たち勇者一行パーティの問題と不安しかない初★ライブステージが幕を開けたのだった——。






 心をくすぐる音楽、ノリのいいテンポ、ピカピカと輝くステージ。

 駆けて跳ねるとオーリー自作の衣装がふんわりとひらめき、ステージ照明の光を受けて艶やかにきらめいた。


 ——はじめて聴くタイプの曲だ……こ、これ本当に歌えるのか!?


 今日のステージで歌う曲が完成したのは直前で、今朝のこと。


 オーリーが古代魔道具アーティファクトのデーブイデーから復元したというアイドル用楽曲は、今まで聞いたこともないような音楽だった。


 歌詞は、イヴァンやウルスラと共にデーブイデーの映像の中から読唇術を使って拾い上げたものがある。


 あるのだけれど、よく分からない音を並べた歌詞を耳馴染みのない曲に合わせるなんて離れ技、勇者であっても難しいんじゃ……? と不安だけが膨れ上がる。


 ——いや! 勇者は度胸! 成せばなる!


 俺は意を決し、カウントを合わせてすべての力と思いを込めて歌を歌った。


「〜〜〜♪ ♪ ♪!!!」


 すると、だ。

 それまで興味なさそうにしていた道ゆく人々が、急に足を止めてステージを見る。


 騒めきと共に人が集まり、ガラガラだった観客席が次第に集まり出した。


 ——えっ、イケる? イケるのか!? 明日も宿屋に泊まれるのか!? それとも明後日まで泊まれるのか!?


 だなんて、イヴァンやウルスラと目を合わせて希望を抱いた——その時だった。


「な、なんだぁ!?」

「ま、魔物だーーー! 魔物の群れが空から攻めて来たぞーーー!」






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