貧乏剣聖と麗しき戦乙女達~いいから私のモノになりなさいよね、幸せにしてあげるから!~

龍威ユウ

第1話:あぁ、それにしても金がほしい……!(ざわっ)

 本日の天候は雲一つない快晴。

 吹き抜ける春風は陽気で大変心地良く、春眠暁を覚えずとはよく言ったもの。

 頬をそっと優しく撫でては、心地良い睡魔へ誘おうとする。


 争いなど無縁で平穏という言葉は実にしっくりとして、それが当たり前だと思えることこそ真の宝物だと言ってもきっと過言ではあるまい。

 裕福あるいはそれなりの暮らしができているものからすれば、の話ではあるが。



「……………」「むぅ……」「ぐぬぬ……」



 大鳥おおとり家の食卓は、基本戦場である。少なくとも長男――一颯いぶきにはそのような認識があった。


 本日のおかずは焼きめざしが一匹、見栄えだけは大層立派な皿にちょこんと鎮座している。

 たったそれだけ。後は麦七割のご飯だけだ。



「……親父。ここは未来ある若者に渡すべきだと思うんだが?」と、一颯。

「それだったら私食べたい。この中じゃ一番若いし」と、長女の楓。

「何を言う。こういう時こそ父を敬うべきだろう」と二人の父、虎丸。



 両者ともに、たった一匹の焼きめざしを譲ろうとする思いやりはまったくない。

 麦飯でも量を取れば腹も膨れよう、が心までは満たされない。

 とっても小さな、一口で食べ切ってしまう焼きめざし。

 それが三人の目にはこの上なく魅力的に映っていた。

 最初に動いたのは、一颯だった。


 焼きめざしは俺のものだ! そう主張するようにまっすぐ伸ばされた箸はさながら電光石火の如く。

 先端が焼きめざしに触れようとした、次の瞬間。



「させないんだからね!」と、楓の箸がそれを妨害する。



 木製であるはずの箸からは、きぃん、と場違い極まりない金打音が室内にこだまする。


 こいつ、やるようになったな。一颯は妨害を恨めしく思いながらも、妹の成長ぶりを兄として素直に喜んだ。


 女人ながらも鬼鉄一刀流おにがねいっとうりゅうをその若さで会得し、今やそんじょそこからの男共でもこの娘に勝つことは不可能だろう。


 後、とても容姿も可憐で目に入れても痛くない。


 それぐらいかわいい妹を一颯も大事にしているが、いざ食が絡めば兄妹の絆など路傍の石に等しい。


 誰だって、食事は自分を優先させたいものなのだ。



「兄妹は仲良くしろといつも言っているだろう!」と、ここで虎丸が叫んだ。



 妨害し合う二人の箸を縫うような動きは、まるで獲物へ食らいつく蛇の如く。



 あっという間に焼きめざしを箸でひょいっとつまみあげると、そのまま口の中へとぱくりっ、と放り込んだ。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」



 一颯と楓、二人の悲痛な叫び声に一切介することなく、虎丸は厳つい顔には不釣り合いな笑みをにんまりと浮かべて堪能していた。


 この親父いつか必ずぶった斬ってやる! そう心に固く一颯は誓った。

 古今より食い物の恨みは恐ろしいのだ。

 とは言え、食べられてしまったものはもうどうしようもない。

 はぁ、と兄妹そろって盛大な溜息をもらして一颯は麦飯へとさっさとありついた。



「――、お食事中すいません。ここは、オオトリ様のお宅で間違いないでしょうか?」



 オオトリ家に来客があるのは、実はかなり珍しいことに部類される。

 極東端の海に浮かぶ島国――葦原國あしはらのくに


 その都である太安京たいあんきょうよりここは、ずっと遠くにある山の奥深くに位置する。


 山道なので行きも帰りも険しく、動揺に獣やモノノケの類も極めて多い。


 故に並大抵の人間ならばまず、自らの意志で寄り付こうとするものはいないのだが――どうやらこの来客者、美しい見た目とは裏腹に剛の者であるらしい。


 一颯はまじまじと強い関心から来客者を見ていると、楓の蹴りがすねを打った。


 大の男でもすねを打たれれば堪らずうずくまるほど。

 そこに強烈な蹴りを受けた一颯とて例外にもれることはない。



「い、いきなり何をするんだよお前は……!」

「お兄ちゃん、さっきからずっとこの女の人に鼻の下伸ばしてるでしょ!」

「はぁ!?」

「そんなの私が許さないんだからねっ! 絶対に……だってお兄ちゃんは私の――と、とにかく失礼なんだからやめてよねお兄ちゃん!」

「おいおい……」



 これはとんでもすぎる言い掛かりだ。

 確かに、来客者であるその女性を一言で表せば、美しいが何よりも相応しい。


 群青色のショートボブに翡翠色という極めて稀有で、その輝きは本物の宝石エメラルドのようにきらきらとしてきれいだ。


 来客者は美しい。それを素直に認めたうえで、しかし一颯は楓のこともそれ以上にかわいく思っている。


 楓は、女性だ。いつか必ず誰かの下へ嫁ぐ日がやってくる。

 その時一颯は兄として快く送り出す責務がある。


 ……なんだか寂しくなるな。今から物寂しさを憶える一颯は、きょとんとした来客者の姿を見てハッとした。



「……あんたは? その出で立ちから察するにこの葦原國あしはらのくにの人間じゃないだろ?」

「そのとおりです。申し遅れました、わたくしヘルムヴィーケの領主、フィオナ様にお仕えするメイド兼近衛兵長を務めております、リフィル・マーガレットと申します。この服は我らメイドが着用するいわば制服であり、鎧のようなものです」



 スカートの裾を少しつまんであげて、丁寧にお辞儀をする来客者――リフィル・マーガレット。


 一颯は、楓と、そして虎丸と顔を見合わせて小首をひねる。


 来客者の正体についてはわかったものの、何故大陸の方から使者が送られてきたのか。


 あれこれと仮説を立ててみるが、納得する回答が一颯の中で出ることはなかった。

 当たり前だろう。


 何せオオトリ家とヘルムヴィーケ、この両者には接点が微塵の欠片さえもないのだから。



「それで、遠方はるばるこうして来てくださったわけだが……しかし、何用でここまで?」

「それは、こちらです」



 虎丸の問い掛けにリフィルはすっと一枚の封筒を差し出した。

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