第3話 競争相手
「それで、やっぱりライバルに勝つには自分の力じゃなくちゃ。他の人の力を借りず、独力のみで。それでこそ、ライバルに勝ったと胸を張れる」
「ものの道理ってやつね。分かったわ。その原稿、読ませてもらいます。預かってもいいのかしら?」
「だめ、私もまだ考える。だから、コピーをしに行こっ。コンビニエンスストアに寄って。それくらいの時間ならあるから」
「なるほどね。美波君には断らなくても大丈夫?」
「平気平気。いっつも、言ってるくらいだから。『ネットで公開する前に、もっと色んな人の感想を聞けたら、もっとブラッシュアップが捗るんだけどな』って」
「色んな人、か、そういうことなら」
不知火さんは得心した風に軽く首肯してから、目を細めて微笑んだ。
そのまま改札口に向かう。コンビニエンスストアは駅舎を出て、道路を渡ってすぐそこ。とはいえ、交通量が多いこともあり、ここは慎重に。お店の前に辿り着いたのは、改札を通ってから五分近く経っていた。入って右に折れた角に設置されたコピー機の前には、幸い、誰もいない。早速作業に取り掛かる。
「期限は決まってるの?」
「期限て、予想を回答する? うーん、はっきりとは言われてない。だいたい三日ぐらいかな。だから今週金曜まで」
「それじゃあ、私からの答はその前日に、朝倉さんに伝えるのがよさそうね。都合がよいようなら、直に会って話をしたいわ」
「前日、木曜……」
予定に思いを巡らせる。その日出される宿題次第という側面が大きいのだけれど、とりあえず時間は空いている。
「大丈夫だと思う。どうしても無理ってときは、連絡がぎりぎりになっちゃうけど……」
「そんなことまで心配しなくてもいいの。急な予定変更はいつでも、誰にもで起こり得る。私の方は比較的自由が利くから、全然気にしないで」
おしゃべりをしている間に、複写は終わった。こちらから持ち掛けた話だというのに、代金は不知火さんが出してくれた。少額とは言っても何だか申し訳ない気持ち。でも、当人は全然気にしていない風だ。そんなことより、目の前に降ってわいたミステリに関心が集中している。
「『誤解の勘定』か……含みがありそう」
最初の一枚に記されたタイトルを音読し、不知火さんは目を輝かせた、ように見えた。
「あら。ペンネームを使っているのね、美波君。
「そうそう。生意気にも複数のペンネームを使い分けているの。シリーズキャラクターとか持っちゃって。あ、大事なこと思い出した。後ろの方に手書きで印を付けた箇所があると思うんだけど、コピーにもちゃんと出てるかな。確かめなくちゃ」
「印?」
おうむ返しをした不知火さんだけど、自ら探そうとはしない。多分、ぱらぱらと紙を繰ることで内容が目に入るのを避けたいんだ。私の方は通読済みなので、問題ない。「ちょっと貸して」とコピーしたばかりの紙を受け取る。と、そのとき、相手と自分の手を見比べて少し考え込んでしまう。不知火さんのいかにも働き者の手に比べると、私の手はまるで箱入り娘だ。せめて家でのお手伝いをもっとがんばろうと密かに意を強くする。
それはさておき、印のある箇所の確認をしなくちゃ。
「――よかった、大丈夫だった。印刷文字より少し大きめのアスタリスクが、行頭付近に付してあるから、一応、そこまで読んだら一旦止めて、考えてみて欲しいって」
「作者の美波君の意向というわけね。ただ、そのアスタリスクのあとにも続きが書いてあるんだったら、どこまで読んで答を考えたかなんて、証明できないんじゃなくて?」
「その辺りは、信頼関係ってことで」
「ふうん。本当に仲がよいみたい。少しうらやましいかも」
「彼氏とか恋人とかじゃありませんからね」
不知火さんの口元がにやりと上を向いた気がしたので、先手を打ち、否定しておく。冗談交じりで恋バナに持って行かれるほどつまらないことはない。
「分かっているわ。本当に仲のよい“友達”でもうらやましいことに変わりはないのだから」
「はあ、そーゆーことなら。――それで、不知火さんが読むのは絶対にこの印のところまでにして、真相を考えたいのだったら、アスタリスク以降は破り取っておくというのもありかなと思った」
「なるほどね。信頼関係を判断基準にするのであれば、美波君と面識も何もない私は物理的に読めない状態にしておくのが確実。うん、分かった。そうしてもらおうかしら」
要望に応え、私はアスタリスクを目安に、紙に折り目を付け、必要な分(というか不知火さんからすれば不必要な分になる)を破り取った。フリーハンドでやった割には、きれいにできたと思う。
「じゃあ、これ」
「ありがとう。時間の空いているときに読むけど、よほどの突発事が起きない限り、期日までに読み終えて、考えておくわ」
「うん。私も楽しみにしている。不知火さんが果たして正解を見付けられるのかどうか」
「あら。美波君の応援に回るの? あなた自身は解くのを放棄?」
「違うって」
顔全体に苦笑が広がるのが、自分でも分かった。
「私は美波君とも不知火さんともライバルだと思ってるから」
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