第9話 優しい探偵

「個人的なタクシーで」

「まあ。緊急の用件とは聞きましたけれども、よほどのことなのね」

「そういえば、どのぐらい時間が掛かるか分からないので、車を帰らせてしまった。高梨さん、帰りは送ってもらえないかな。運転手の人、いる?」

「いると思うわ。ここに住み込みだから。ただ、予定がない限り、行動を制限してる訳じゃないので、今は出掛けているかもしれない」

「ふむ。まあ、帰りもタクシーにするかな」

 お喋りの間も廊下を移動し、ようやく高梨は部屋を定めたらしかった。立ち止まって、「どうぞ。第二応接室といって、父と会う約束のある人以外は、だいたいここへ通されるの」

「お父さんと約束のある人は、第一応接室? 格の違いがある訳だ」

 室内は洋間で、意外と脚の長いテーブルが中央に置いてあった。三脚ずつ、椅子が向かい合って配置され、一家団欒で食事が摂れそうな雰囲気である。天井からは大ぶりな照明が下がり、部屋の隅にはこれまた大きめかつ背の高い壺が飾ってある。全体に堅苦しさはないが、潤いが足りない感じた。一輪挿しの一つでもあれば、また変わってくるだろうに。

「座って」

 三脚ある椅子の真ん中に陣取った高梨は、宝来を促した。正面から向き合う形で彼も座る。

「改めて聞くけれども、ご用は何でしょう?」

「確認に来たと言えばいいかな。明日でもいいと思ったんだが、阿賀のことを思うと、早めに決着しておきたいと考え直した」

「? 何を言っているんですか?」

「三宅さん――知り合いの刑事の名前、高梨さんには言ったっけ? とにかく三宅刑事と話をする前だから、今ならまだ自首が成立するはず。だから、もし心当たりがあるのなら、認めてもらいたい。我が校で行方不明になっている合田に対して、何かよからぬことをしたかどうか」

「……まだ何を言っているのか分からないわ」

「高梨さんが全く関与していない可能性も考えたが、それはあり得ないと結論づけたんだ。分からないようなら、はっきりと質問しよう。高梨さんの運転手は九月一日の朝、合田を自転車ごと跳ねた。違うだろうか?」

「一体どうしたんです? どこからそんな空想が浮かぶんでしょう?」

「推理ではあるが、空想ではない。運転手は君を学校へ送り届ける途中、西から東へと向かう自転車の中学生を跳ねてしまった。それが合田だ。君達はさぞかし慌てただろう。慌てたなんて言葉じゃ足りないくらいに、狼狽えたはずだ。まともな人間なら。転校初日に交通事故を起こしてしまった。しかも同じ学校の生徒らしい。新しい暮らしがこれでは消し飛んでしまう。だから、悩みに悩んだ末に次の結論に達した。

 高梨さんはその地点で車を降り、歩いて学校に向かう。運転手は合田と彼の自転車を車に乗せ、全然違う場所まで運ぶ。その運んだ先は、どこかの病院だと思いたい」

「言ってる意味が分かりません。何故、そんな結論に達したんでしょう」

「証拠がないと高をくくっているのかな? それならば、僕も容赦しないよ。車にはそれなりの傷やへこみができたはず。一介の運転手が大型の乗用車一台を廃車にする決定権を有しているとは思えないから、当然、修理工場へ運んだんだろう。そこを突き止めれば証拠が出る」

「万が一、車が工場に入っていたとしても、私には関係のないことだわ」

「白を切るのかい? だったら聞こうか、高梨さん。君は何故、合田のことを合田光一と呼んだんだ?」

 そう問われても、高梨の方はいつそんな発言をしたのか覚えが無く、ぴんと来なかったようだ。

「今日の昼休み、僕が部への昇格を期待して申請書類の提出を済ませ、戻ってきたとき、教室で合田の行方不明の話題が出た。そのときにフルネームで合田を呼んでいるんだよ」

「初対面も果たしていない、名前だけを知っている方を呼ぶのに、フルネームではおかしいと言うんですか。いよいよ理解不能ですわ」

「違う。ポイントを勘違いしているようだからはっきり言っておこう。合田のフルネームを口にしたこと自体はどうだっていいんだ。問題なのは、何故、君が合田の下の名前を知っていたのか、だ」

「……」

 これまで多少は気色ばみながらも、余裕の対応をしてきた高梨が、初めて明確に言葉に詰まった。五秒ほどの空白のあと、「どこかで聞いたんだと思うけど」と当たり障りのない答をする。

「いや、あり得ない。周囲の誰も、合田をフルネームで呼ぶ必要がないからだ。念のために学校の名簿を調べたが、他に合田姓の者はいなかったよ、不思議なのは君がわざわざフルネームで言った理由だ。自らのキャラクターを守るため、丁寧さを心掛けたのかな」

「……じゃあ、どうやって知ったというの」

「車ではねてしまった直後だろ。身元を知るために合田の服をあちこち探って、生徒手帳を見付けて、中身を確認した」

「……」

「ついでに言うと、君は最初の日の授業で、やたらとため息をついていた。あれが気になっていたんだが、今なら推測できるよ。事故のことが頭にあって、憂鬱な気持ちが払いきれないでいたんじゃないか。

 それから、僕が初対面でいきなりスリーサイズを聞いたのには、別の狙いがあったんだ。結果的に不発に終わったがね」

「何を狙っていたって?」

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