第五話 スクールライフスタート

 アカデミーの授業は、入学式の翌日から始まった。

 継承者たちは、食堂で朝食を食べた後、授業が行われる南の塔へと向かった。

 エデン城は、大広間や食堂がある中央の塔と、それを囲むように建つ五つの塔から構成され、上空から見ると星のような形となっていた。南西の塔には継承者たちの寝室が、南東の塔には兵士や使用人の寝室が、東と西の塔にはアカデミーの教室がそれぞれ中にあった。北の塔には何があるのかは「秘密」だと、継承者たちは聞かされていた。

 東西の塔内は科目ごとに教室が分かれており、一限目の『アストラル史』──アストラル大陸の歴史について学ぶ授業は、二階の教室で行われた。


「継承者の皆さん、おはようございます」


 カイたちが教室に入ると、一人の女性が教壇に立っていた。昨日の入学式で、大広間の人々を落ち着かせようとしていた人物だった。


「皇帝直属護衛部隊<七星騎士団>所属、アリオトと申します。『アストラル史』の授業は、私が担当させていただきます」


 切長いグレーの瞳を持つその女性は、黒く長い髪を後ろで一纏めにしていた。部隊の制服と思われる紺色の軍服のボタンは全て閉められており、堅苦しいほどの生真面目さが出ていた。


「<七星騎士団>……て、あの!?」


 女性の自己紹介を聞いたハヤテは、目を見開いた。エミールも、ハヤテほどではないが驚いた様子を見せた。しかし、カイはピンと来てない様子で、ベレトとブラウに至っては、何も反応しなかった。


「し、しちせい??」

「なんだそれ」


 カイとベレトが発した一言で、その場の空気が凍りついた。

 ハヤテは、これまでの朗らかな振る舞いからは想像できない、どこか鬼気迫った表情で二人に説明した。


「ご存知ないのですか!? <七星騎士団>とは、皇帝陛下の身辺の護衛を務めていらっしゃる、優れた能力を持った騎士団です! 三年前の結成以来、その力を持って度重なる敵の襲撃を悉く退け! 皇帝の護衛だけでなく帝国の自警も担当し、それにより、高い位置にあった帝国の犯罪率が大幅に下がり、一年前にはゼロになったということもありました!」

「ハ、ハヤテこわ……」


 その気迫に、カイとベレトは押されるのだった。


「……あ! なんか村で聞いたことがある! エデンには凄腕の騎士団があるとかなんとか……」


 カイは、昔村で噂が流れていたことを思い出した。一方、ベレトも納得した様子を見せた。しかし、さほど興味を引かれなかったのか、適当に流すのだった。


「へぇ、そんな奴らがいるのか」

「帝国の外でも有名だと思いますが……」

「ゴエティウスは本土からかなり離れてるからな。そっちと比べて話があんまり届いてないんだろ、多分」

「『多分』ってお前……。ブラウは? 知ってた?」


 適当に答えるベレトにカイは呆れながら、同じく無反応だったブラウに聞いた。


「自分は知っていた。しかし、反応を示す必要性はないと判断した」

「リアクションって大事だと思うけどね」


 呆れた様子で、エミールがつぶやいた。


「話は戻りますが」


 アリオトの咳払いにより、五人は現実に引き戻された。


「皆さんの授業は、我々<七星騎士団>が担当させていただきます。」


 カイたちは驚いた。皇帝の護衛が授業の先生になるとは思っていなかったからだ。同時に、ある疑問が浮かび上がった。エミールが、それを口にした。


「僕たちの授業を担当するとなると、皇帝陛下の護衛はどうなさるのですか?」

「もちろん、そちらが我々の本来の仕事です。陛下の護衛と並行して、皆さんの教育も行います。われわれ騎士団のメンバーは、皆優れた能力を持っています。……その分、問題も多いのですが」


 回答の途中で、アリオトはどこか苦々しい顔と声でつぶやいた。


「とにかく! 我々の指導する授業は、皆さんにとって良いものになるはずです。今後の糧となるよう、厳しくしていきますので、そのつもりで。では、授業を始めます!」



 二限目は、『生物学』の授業だった。『生物』とあるが、主に魔獣について学ぶ授業だった。

 一限目での厳しい指導を切り抜けた継承者たちは、三階の教室へと移動した。そこでは、一人の青年が継承者たちを待っていた。

 土色の髪と瞳を持ち、眼鏡をかけた猫背の青年は、いかにも不健康そうな印象を与えた。


「『生物学』担当、ミラクで〜す。この授業では魔獣や妖精、精霊、そして魔人について勉強しま~す」


 一限目のアリオトとは打って変わって、青年──ミラクは、気怠そうに喋った。

 先程と比べて、少しゆるそうな雰囲気の授業に、カイは少し安堵した。


(あんな真面目な空気が二限も続くの、マジでキツいから助かった〜!)


 魔獣が好きなのか、ミラクは恍惚とした表情で話し始めた。


「いいですよね、魔獣。獣でありながら、動物とは異なる特徴と生態を持つ彼ら……」


 すると、


「うおおおおおお!!!!!」


 ミラクは、突然奇声をあげた。継承者たちは驚いた──ブラウだけは、変わらず無反応であった。


「魔獣! 魔獣さん!! その神秘!!! 解明したい!!!! 解剖したい!!!!! ああああ仲良くなりたい!!!!!!」


 教壇の上に飛び乗り、拳を天に突き上げながら、青年は魔獣への愛を叫んだ。

 どこか危うさをはらんだその強い愛に、継承者たちはさらに驚くと同時に、少し引いたのだった。

 数分ほどした後に、ミラクは拳を下ろし、教壇から降りた。乱れた衣服を整え、眼鏡をかけ直すと、深呼吸をした。


「……え〜。それでは、授業はじめまっす」


 先ほどまでの熱はどこにいったのか、ミラクの声は元の気の抜けたものに戻っていた。

 そして、何事もなかったかのように、授業が始まった。



 三限目は、四階の音楽室で行われる『芸術学』の授業だった。

 カイたちが教室の扉を入ると、部屋の片隅で一人の青年がピアノを弾いていた。

 その軽やかな旋律は、聴く者の心を弾ませた。

 自分以外の人の気配に気づくと、青年は演奏をやめて椅子から立ち上がった。入り口で演奏に聞き惚れていたカイたちは、急いで席についた。

 青年は教壇の前まで歩いていくと、継承者たちの方へと振り向いた。暗いブロンドの髪と水色の瞳を持ち、端正だがどこか幼さの残る顔立ちをしていた。青年は、まるで演説でも始めるかのように、大きな声で話し始めた。


「よく来たな、継承者たち!」


 『生物学』のミラクに負けず劣らずの声量だった。


「『芸術学』の授業は、この僕──メグレズが指導する。天才であるこの僕の指導を直々に受けられることを、光栄に思え!」


 その尊大な態度と声に、継承者たちは圧倒された。


「この授業では、音楽、美術など、ありとあらゆる芸術について学ぶ。天才である僕は、当然ながらその全てに通じている。つまり! この僕の指導を受けることで、凡才であるお前たちは、ありとあらゆる芸術を理解し、我がものにすることが可能となる!!」

(すごい自信を感じます……!)

(なんか、かっこいい……!)


 ハヤテとカイはその情熱に圧倒され、憧憬すら覚えてしまった。


(情熱的な人だなぁ……)

(『芸術学』、なるほど)


 エミールは教師の圧力に少し引き、ブラウはあくまで『芸術学』の概要を理解した。


(またやかましいのが来たな……)


 ベレトは内心うんざりしていた。


「授業では一切手は抜かないぞ。覚悟しておけ!」



 あっという間に時間は過ぎ、昼休みになった。

 継承者たちは、中央の塔内にある食堂で昼食を食べていた。

 食堂の長いテーブルには、各国から仕入れた高級かつ高品質の食材を使用した料理が並べられており、同じくテーブルに置かれた取り皿に好きな分だけ料理を乗せて食べることができるようになっていた。

 継承者たちは席に座り、各々の食べたい分を食べていた。その最中、カイがぽつりとつぶやいた。


「お、お腹いっぱい……」

「カイ殿、どうかしましたか? 食べすぎてしまいましたか?」


 カイの隣に座っていたハヤテが、心配そうに顔を覗いた。


「いや。先生たちのキャラが濃くて、お腹いっぱいだなって。帝国の凄腕騎士団が、あんなに濃い人たちだとは思わなかった……」

「確かに、何か癖のある人たちだよね」


 カイの向かいの席に座っていたエミールが、彼に同意した。

「『七星』ってことは、あと四人いるってことだよな」

「はい! 今の所、私たちがお会いしたのは<忠義者>アリオト、<探究者>ミラク、<奏者>メグレズの御三方ですね!」

「二つ名あんの!? かっこいいな……!」


 先ほどまでの疲れた様子から一転して、カイの目には輝きが満ちていた。さながら、ヒーローに憧れる子供のように。


「そんなかっこいい人たちが先生になってくれるって、なんか凄くね!?」

「分かります!」


 ハヤテがすかさず同意した。


「私も数年前、故郷で<七星騎士団>の話を聞いて以来、ずっと憧れていたんです! いつか一目だけでもお会いできたらと思って……それがこんな形で叶うなんて、嬉しいです!」


 ハヤテは目を輝かせていた。


「ハヤテ、凄いテンション上がってたよなー。上がりすぎて逆に怖かったけど。ブラウは? どうだった!?」

「よくわからない」

「そ、そっか」


 エミールの隣に座っていたブラウは、淡々と答えた。相変わらず無表情だったが、カイには、ブラウが「言葉の意味が理解できない」と言っているような気がした。


(う〜ん、ブラウには難しいのかな)

「それにしても」


 エミールが思い出したように話し始めた。


「先生達が授業掛け持ちっていうのも驚いたよ。人手不足って言ってたけど、皆さん忙しいんだね」


 四限目の『魔法学』の授業の担当は、一限目の『アストラル史』を担当していたアリオトだった。

カイたちは驚いたが、彼女はただ一言だけ話すのだった。


『気にしないでください! 人員不足です!』

(いや、気にするよ!) 


「先生たちも大変なんだなあ……。ていうか、どの授業も難しすぎるよ〜……。『アストラル史』は先生の話早いわ厳しいわ、『生物学』はあれから先生がまた喋りはじめて全然進まなかったし(それで授業終わったのはちょっとラッキー)、『芸術学』も先生の話が難しくて何言ってるのかわからなかったわ、圧がすごいわで……もっとやばいのは『魔法学』! 四つの属性とか、ちんぷんかんぷんだよ~……」

「私とカイ殿は魔力を持っていないので、授業に追いつくのが少し大変でしたね……」

「それは仕方ないよ。世界中の人々が魔法をつかえるわけじゃないんだから」


 アストラル大陸では、魔力を持つ者と持たない者の割合が半分ほどだった。しかし、前者は体が弱いものが多く、反対に後者は体が丈夫なものが多かった。このように、魔法が使えるからと言って全能というわけではなく、また、魔法が使えないからと言って無能と言うわけではなかった。だからこそ、両者が互いの欠点を補い協力し合う事で、現在に至るまでのアストラル大陸の歴史が積み重ねられてきたのだった。それ故に、両者間で差別や偏見が生まれることは、この世界ではあまりなかった。

 魔法学の授業ではその名の通り魔法について学ぶ科目であった。魔力を持たない継承者は<継承器>に宿る魔力を使い、授業を受けることになっていた。今代の継承者のうち、カイとハヤテが該当者であった。

 二人は、これまで魔法を使った経験がなかったため、魔法学の授業では特に苦労したのだった。


「エミール達に負けないように、俺たちも魔法頑張らなきゃな、ハヤテ!」

「はい!」


 カイとハヤテは、互いに鼓舞するのだった。


「──ハッ。魔法が使えないとか、とんだ雑魚がいたもんだな」


 離れた席から、ベレトが大きな声で話かけてきた。二人を馬鹿にしているのか、わざとらしく喋っていた。

 カイはムッとし、ベレトに近づいた。


「俺たち、雑魚じゃないし」

「カザミの奴のことは言ってない。オマエのことだよ」


 ベレトはカイに視線を向けた。


「え? 俺?」

「入学式であのデカい魔獣と戦った時、オマエびびって震えてただろ。どこからどう見ても雑魚だろうが」

 カイはムッとし、負けじと言い返した。

「それを言うならお前だって、魔獣に負けてたじゃん。お前も人のこと言えないと思うけどな」

「あ?」


 ベレトは立ち上がり、カイを正面からにらみつけた。


「私は弱くない」

「派手に吹っ飛ばされてたのに?」

「油断していた、それだけだ」

「それって『自分は弱い』って言ってることになんない?」


 図星だったのか、ベレトは舌打ちをした。


「ふ、二人共落ち着いてください!」


 ハヤテは二人をなだめようと声をかけたが、聞こえていないようだった。二人はしばらくにらみ合っていたが、先に口を開いたのはベレトだった。


「初めて会った時から、オマエは何か気に入らなかった。見てるとイライラするんだよ」

「俺も、お前と話してるとなんかムカムカする!」


 ベレトはまたも舌打ちをした。


「例え私が弱いとしても、オマエみたいな雑魚に、私は負けない。負けるわけない、絶対に」

「さっきから雑魚雑魚って……。よし!」


 カイは、挑戦状をたたきつけるかのように、ベレトに向かって指をさした。


「俺が雑魚じゃないこと、証明してやる!お前にはぜってー負けねえ!!」

「やってみろ」


 フン、と両者はそっぽを向いて、席に戻った。


「二人共、大丈夫でしょうか……」


 ハヤテは、険悪な雰囲気になった二人を心配した。


「なんだか面倒なことになりそうだね」


 エミールは、この先のことを思い、ため息をついた。


「苛立ち……『負けない』……自分には理解できない」


 ブラウは、二人の感情について考えたが、やはり理解は出来なかった。

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