最終章 【Mission】終わらせろ

01 殺せない




 ナグナスと未桜みおが次に現れたのは平安時代、それもナグナスが最初におりたった時代と場所だ。幸いにも夜だったため、誰にも見つからなかった。ナグナスは体を起こす。


「くそ。この女にしてやられた」


 すぐ横で意識を失い倒れている未桜を見下ろす。そして蹴りを入れようとして止める。何故かためらう。そしてしゃがむと未桜を覗き込み、未桜の額に手を翳した。


「ちっ! やはりそうか」


 ナグナスはぐっと眉を潜める。


「それより、この場から離れなければ」


 最初に来ているナグナス本人に会うことは避けたい。もしばったり合ってしまえば、ナグナスであってもただでは済まないことは分かる。下手すれば消されてしまう。それだけは避けなくてはならない。


「くそ。こいつのおかげで現代に戻れねえじゃねえか」


 起きそうもない未桜に悪態をつきながら担ぐ。そこであることを思いつく。


「そうか。その手があった」


 ナグナスは笑みを浮かべるのだった。




     ◇




 未桜は夢を見ていた。


 ――ここは?


 何もない薄暗い空間に丸い玉が7つ浮いていた。その玉はそれぞれ字が書いてあり色が違っていた。それを未桜の目線の誰かが選別している。そしてその者は7つの中から3つの玉を手放した。その3つの玉は光となり空へと消えて行った。その3つの玉に書いてあった字をなぜか未桜は分かった。



 かなしみおそれいとしみ


 そして残った玉の字はよろこびいかりにくしみよく



 その残った玉がぐるぐると回り初め1つの玉になる。そしてどこからか現れた黒い玉と融合する。そして人の形になった。その姿を見た未桜は目を見開く。


 ――ナグナス!


 すると場面が変わる。先ほど空へと消えて行った光の玉の2つ、かなしみおそれと書かれた玉が、1人の男の子の赤ん坊の胸の中に消えて行った。そして残ったいとしみと書かれた玉が女の子の赤ん坊の胸に入っていった。そこで未桜は理解した。2つの玉が入って行った赤ん坊こそが、翔琉の先祖で、残された玉が自分の先祖に入ったのだと。そしてその玉こそが、今のナグナスになる前の天部のナグナスが持っていた、いらない感情なのだと。



 そこで未桜は目を覚ました。少しの間頭が回らず、最初はただぼーっと過ごした。だが時間が経つにつれて意識がはっきりしてくると、真っ暗の場所に冷たい木の床に寝転んでおり、同時に腕も後ろで縛られ拘束されていることに気付く。ここはどこだと辺りを見渡すが、視界が悪いためよく分からない。ただ、どこかの小屋の中だということだけは分かった。建物の壁の板と板の微妙な隙間から月明かりが漏れているのだけが確認出来たからだ。だがだんだん目が慣れてくると、目の前の椅子に座っている男の姿があることに気付く。すぐにナグナスだと気付いた。


 するとナグナスが声をかけてきた。


「起きたか小娘」


 やはりと思うのと同時に、なぜ自分が生きているのかと疑問が沸く。


 夢で見た内容と翔琉が命を狙われ続けていることを考えれば、自分もすぐに殺されていてもおかしくないはずだ。今のナグナスにとって翔琉と自分はいらない存在なのだ。


 だからナグナスは異常なほどに翔琉を殺そうとしていたのだ。


 未桜もそうだ。翔琉と同様、殺したい対象のはずなのだ。だが殺されていない。その意味がまったく分からない。


「なんで私を殺さないの? あんたにとって私も邪魔な存在のはずでしょ」


 するとナグナスは小さく嘆息し、目を細め自分に言い聞かすように呟く。


「気付いたか……」

「今夢で見せられたのよ」

「なるほどな。俺と近くにいたせいだな」


 するとナグナスは椅子から立ち上がり未桜の前までくると、剣を抜き未桜の顔の前に剣先を突きつける。


「!」


 未桜は驚き息を呑む。だがナグナスは一瞬眉を潜めたが、なぜか剣を収める。殺されるのではないかと恐怖で体を強ばらせていた未桜は、ふうと肩をなで下ろし自然と安堵のため息が漏れる。それを見たナグナスは唇の先端を上げる。


「びびったか? 心配するな。お前は殺さない」


 一瞬未桜の眉が動く。その微妙な動きにナグナスは鼻で笑う。


「やはり俺がお前を殺せないということを分かっていたか。でなきゃ、あの時飛び出して翔琉あいつの前に出ねえよな」

「――」


 翔琉かけるが殺されそうになった時、咄嗟に体が動いたというのが本音だ。ナグナスの言うように何故か殺されないという確信めいたものがあったのは確かだ。

 だがどうしてそう思ったのかと言われれば、分からない。ただそう思っただけなのだ。

 そして現に未桜の前に見えない壁が出来たようにナグナスの剣が目の前で止まった。今もそうだ。

 何故だと思っていると、ナグナスがその答えを話しだした。


「ほんと厄介だ。俺はお前を殺したくて仕方がないのに、魂が、体が止めやがる」


 ――どういうこと? 体が止める?


 意味が分からずにいると、ナグナスは未桜の前に膝をつき、未桜の腕をひっぱり体を起こさせ顔を近づける。そしてフードを取る。


「!」


 フードを取った顔は異様だった。左側に傷がありただれ、目の瞳は白く変色しているのが見え、光って見えた。



「ほんとにいとしみというものは厄介だ。いとしみだけは俺の意識に関係ない場所にある」






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