08 時渡り【きのえ】隊



 翔琉は奥の部屋で香里奈に手伝ってもらいながら着替える。


「この着物って」

「ふふ。驚きでしょ? よく舞台とかで早着替えように作られた着物と原理は一緒ね。もうある程度着物の作りになってるから頭からかぶるだけ。袴も腰はゴムになってるからフィット感は抜群。前でひもを結ぶだけよ」


 着てみるとすごく簡単に着れた。


「らくだな」

「動きやすいようになってるから。あと、防水、防火仕様だからちょっとの水や火は大丈夫よ。あと一応刃物で斬られてもいいように、中まで刀の刃が届かない特殊な生地でもあるから安心して。でも斬られないわけじゃないから気をつけてね」


 見た目からは分からない現代的なハイテクな仕様のようだ。そこで香里奈は先に行くと言って部屋を出て行った。翔琉は脱いだ服を自分用に用意されたロッカーへと入れる。


「亘はもう何年もこの仕事してるんだよな?」


 同じく着替えをしていた亘に尋ねる。


「ああ」

「その、なんだ。やっていくうちに不安とかはなくなるものなのか?」


 翔琉は鏡でもう一度おかしな所がないかチェックしながら鏡越しに亘を見る。


「なんだ、怖いのか?」


 亘は腕を組み、柱にもたれ鏡に映った翔琉に視線を合わせて口角を上げる。


「まったく分からないからな。不安しかねえよ」


 正直に思ったことを話す。揶揄するつもりで亘は言ったのだろうが、それに反論する余裕はなかった。説明を受けたが、まったくの未知の世界でまだ翔琉の中では受け入れがたい現状なのだ。翔琉の気持ちを読み取った亘は笑顔を消す。


「最初は俺もそうだった。リュカ達が守ってくれると言っても本当にそうなのか。過去に言って俺に何が出来るのかとか、未知の世界だっだからな。お前の不安もよく分かる」

「じゃあ今はもう不安とかないのか?」

「いいや」


 亘は首を横に振る。


「俺も最初だけだと思ってたわけよ。でも結局不安がなくなることはなかった。今日もそうだ。不安だらけだよ」

「まじか」


 翔琉は驚く。


「当たり前だろ。毎回同じことが起こるわけじゃないんだぜ。それに相手は過去であろうと生身の人間だ。それも殺しが当たり前の時代の者達だ。そりゃ緊張はするし不安だらけだ」


 翔琉は亘の話を聞いて生唾を飲む。するとリュカの声だけが聞こえてきた。


『亘、最初から脅してどうする。翔琉が怖がってるだろう』

「悪い。そんなつもりはなかったんだけどね。でも嘘を言ってもしょうがないだろ。大丈夫だと嘘を言って、中途半端な気持ちで時渡りをして大怪我されても困るからな」


 確かにそうだ。もし亘が気を利かせて大丈夫だと言っていたらどこかで気を抜いて遊びに行く感覚でやっていただろう。


「さすが俺のことよくわかってるじゃねえか」

「まあね。付き合い長いからな」


 するとシュラの声が揶揄するように聞こえてきた。


『翔琉は調子に乗って突っ走って失敗する可能性があるからなー』

「な!」


 翔琉が反論しようとするが、リュカが先に言葉を発した。


『シュラ、本当のことを言ってやるな』


 リュカの言葉に翔琉は反論出来なくなり、肩を落としため息を漏らす。


「リュカのその最後のダメ出しが一番俺には効いたんだけど……」


 すると、リュカがバツが悪そうに謝る。


『すまん。正直に言うものではないな』

「!」

『あはは。リュカ、それは翔琉を余計に落ち込ませるぞ』


 ゲラゲラ笑うシュラと、肩を落とし下を向く翔琉に亘は苦笑するのだった。





 翔琉達は着替えを終え指令室へ戻ると、一番大きなモニターに視線を向ける。


「翔琉は初めてだから説明する。俺らに仕事を依頼してくるのは基本国が管轄する時空警察だ。そして俺らは仕事の上で名前が昔から付いている。うちの隊は時渡り【きのえ】隊だ」


 モニターの画面が変わる。そこにはひょうが表示されていた。


「これは緊急を要さない依頼書の一覧だ。依頼日と簡単な依頼内容、依頼期限、そして一番右には依頼の難易度を示すレベルが記載されている。依頼のレベルは1から5の五段階になっていて、数字が小さいほど依頼内容が簡単になっている。この一覧に載る依頼はほとんどがレベル1までだ。好きな時にやりたい依頼をする感じだな。まあお前みたいな新人の練習用のようなものだ。その上の難解な依頼や緊急の依頼になると隊を名指しで指名してくる」


「直に依頼がくるってことか?」


「そうだ。俺らの時渡りの隊は5つある。その5つの隊には向き不向きがあるからな。あと強さとかもな」


「強さ? ゲームのスキルの強さみたいなもんか?」


「まあそんな感じだな。時渡りの力が強いか強くないかだ」


「強さに差なんてあるのか?」


「ある。その者に与えられる能力は十人十色だからな。攻撃が得意なやつ。防御が得意なやつなどな」


 モニターの画面が切り替わる。すると5つの隊の名前と横には順位が書いてあり、上から【きのえ】【ひのえ】【みずのえ】【かのえ】【つちのえ】と書いてあった。


「俺らの時渡りの能力と守護神の力により、隊のレベルの強さの順位がつけられている。お前とシュラが入ったことで、また5つの隊のレベルの順位が変わった。今までうちは上から3番目だったが、1番になったようだ」


「すげえじゃんか! 1番なんて。やっぱ俺が入ったからだな」


 自慢げに翔琉は胸を張り喜ぶが、他の者は嬉しそうではないのに首を傾げる。


「なんだよ。嬉しくないのか?」

「嬉しくないわよ」

「お前は分かってないから手放しで喜べるんだよ」


 未桜と亘が嘆息しながら言い、昇もうんうんと頷く。


「隊のレベルが上がるということは、それだけ危険、つ、面倒な依頼がくるってことだ。現に1位になった隊の者の中で亡くなった者もけっこういる。それだけ危険を伴うんだよ」


 依頼のレベルは難易度を表す。それだけ危険も伴うということだ。


「まあシュラが来た時点でレベルが1つは上がるだろうと思っていたが、まさか2つ上がるとはな」


 越時は予想外だと頭をかく。


「親父、2つ上がるってことは、他の隊が弱くなったということはないのか?」

「【ひのえ】隊と【みずのえ】隊が弱くなったなら、これは分かるわ」


 亘の問いに未桜も言葉を繋ぐ。だが越時はそれをきっぱり否定した。


「それはない。【ひのえ】隊も【みずのえ】隊も今年1人ずつ入り、どちらも前衛の攻撃専門。そして人の入れ替わりはない」

「!」


 亘達は皆驚く。


「なあ、何驚いてるんだ?」


 会話を聞いていた翔琉が意味が分からず首を傾げて尋ねると亘が応える。


「強さはやはり戦い専門の守護神の影響を受けやすいんだ。【ひのえ】隊も【みずのえ】隊も人の入れ替わりがなく人数が増えた。それも戦い専門の守護神だ。それに比べて、俺ら【きのえ】隊はじいさんが出てお前が入った。人数は変わらないのに順位が上がったんだよ」

「つまり、シュラが1人で順位を上げたってことか?」

「ああ。そういうこと」


 そう言われても翔琉はピンとこない。


「なあ、おっちゃん。シュラってそんなに強いのか?」


 ちなみに翔琉はいつも越時のことを「おっちゃん」と呼んでいる。


「そうみたいだ。四天王にはそれぞれ役割が分かれている。多聞天たもんてん持国天じごくてんは戦闘専門で、増長天ぞうちょうてん広目天こうもくてんは戦闘以外が専門だ。多聞天の中でシュラはずば抜けて強いと聞いている」


「へえ。あのチャラ男がねー」


 見た目からではまったく強そうには見えない。


『少しは見直したか? 翔琉』


 姿は見えないが、シュラの自慢気な声が隣りから聞こえてきた。


「そう言われてもシュラの力見たことないからなー。ピンとこねえ」

『今度見せてやるよ』


 そこで亘はあることが気になり尋ねる。


「ねえ、リュカとシュラだとどちらが強いの?」


 リュカもそれなりに強い。他の天部の者からも強いと聞いているのだ。


『シュラだ。シュラの強さは我ら天部の中では1、2位に値する』


 亘は目を瞬かせる。


 ――へえ。リュカは素直に自分が下って認めるんだ。


 シュラとリュカの性格は正反対で反りが合わない感じに思っていた亘には、リュカがシュラより劣ることを認めたのが意外だった。

 やはり守護神も神の部類なのだと実感する。人間のように自己顕示欲はないのだ。


 そしてそれ以上シュラもリュカも黙ってしまったので話はそこで終わった。


「じゃあここからが本題だ。仕事の説明するぞ」





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