第19話

5-4


フロストランドの出資申し出により、エリンには商売を持ち直す機会が訪れた。

アイザックは出資比率をできるだけ多くしたかったようだが、エリン幹部は以前と同じ4割に留めた。

本当は3割ほどに落としたかったのだが、商売の取り扱い量が減っている。

喉から手が出るほど金が欲しいので、4割になった。

そして、それ以上に物資の取り扱い数量が欲しい。



あの後、一番船のモーリアンはブリジットを残してエリンへ戻った。

ブリジットは交渉のためにフロストランドに残ったのである。

そして、二番船のヴァハでコルムが伝言をもってきた。


「アルバにも出資を」

伝言の内容である。

エリン幹部会議にアルバが頼み込んできた。

本来、仲の悪い相手であるエリンに助力を求めるなど、アルバは資金繰りに困っているのが明らかだった。

ブリジットは、この申し出をどうかと思ったものの、言ってみることにした。

ダメ元というヤツである。



「アルバにも投資をして欲しい」

ブリジットは申し込んだ。

「メリットがありませんね」

が、アイザックは興味を示さなかった。

「聞くところでは、アルバは出資金を返すために多くの借金を背負ったとか」

「ぐ…」

ブリジットは怯んだ。

アイザックは情報収集をしているようだ。

商売に最も大事なのはこうした情報を入手しておくことである。

知らなければ欺されるというのが常である。

「そんなアルバにキチンと利益を出すことができますか?」

アイザックはアルバの能力を問うている。

「う、ぬ……」

ブリジットは唸った。

スネグーラチカは心配そうな顔をしているが、経済面は明るくないのか黙っている。

少し沈黙が流れる。

「アイディアがあります」

口を開いたのはコルムだ。

「一応、聞きましょう」

アイザックは言った。

「このアイディアで積載効率を高めることができます。アルバの案です」

「……なるほど、アイディアを教える代わりに出資を、ということですね」

アイザックは何度かうなずいた。

「うん、話の筋が通っている」

どうやらお気に召したらしい。


(そっか、鉄枠か…)

(鉄枠の話がここで生きてくるとは思わなかった)

コルムが目配せをしてきたので、ブリジットは気付いた。

「……」

ブリジットは目を閉じた。

考えをまとめている。

「アイディアとは鉄枠を使うことです」

ブリジットは言った。

面倒な交渉はなしだ。

フロストランドの統治者であるスネグーラチカの方針は、論理的でありながらも情緒を大事にする。

エリンがフロストランドの海岸を荒らした時もそうだった。

海賊を処分したことにして、実際には研修、留学を受けさせた。

もちろん、その分の金は取られたが。


(打算や利益ではなく、誠意と心情に訴えかけたい)

ブリジットはそう思った。

「鉄枠を貨物室に張り巡らせて荷をギチギチに詰めます」

「従来のはい積みの数倍は積み込めますよ」

コルムはそういって笑った。

船団で一番、鉄枠に入れ込んでいたのはコルムだ。

「ふむ、どうやら悪くないアイディアのようじゃの」

スネグーラチカが言った。

「どうかの、アイザック、アルバにも出資をしてみては?」

「雪姫殿のご意向とあれば反対はしますまい」

アイザックは慇懃に会釈した。


フロストランドの動向は、ウィルヘルムには予想外であった。

時折、損得勘定を超えた動きを見せるフロストランドは、まさにダークホースといえる。


出資金を引き上げたことによるダメージは最小限に抑えてしまい、今度はウィルヘルムとは関係の無いところで商売を再開している。

その引き金を引いたのはウィルヘルム自身である。

これがシルリング王国に亀裂が入った瞬間であった。


アイザックは出資の他、自分が扱っている絹などの物品の輸送をエリン、アルバに預けた。

フロストランドの交易品が続々と陸路から海運へ切り替わっている。

交易品をプロトガリアへ運び、エリンとアルバの船でフロストランドへ運ぶ。

数量は茶葉に及ばないが、それでもないよりはマシだ。

バイオディーゼル計画は持ち直した。



対するウィルヘルムは、プロトガリアへ出資をしていた。

ベイリー家もグリフィス家と同様、帝国の商人とつながりがある。

プロトガリア、ロムペディアを通して帝国という昔ながらのルートを堅持しているのだった。


これにはウィルヘルムなりの理由がある。

ウィルヘルムの貴族は、すべての活動が帝国側へと向かう意識を持っているのだ。


北へ向かうエリンとは相容れない。


「商売は順調だな」

ライアン・ベイリーはお茶をすすっていた。

ウィルヘルムでも徐々に茶を飲む習慣が根付いてきている。

代用品の麦茶は下々の者が飲むものだという考えである。

「はい、我が邦の紳士方は配当金が出れば出資先がどうあろうと構いませんからね」

家中の者が答える。

「それは偏見だな」

ライアンは微笑している。

「我が邦の紳士方は流行の中心である帝国を追いかけるのが何よりも好きなのだ。

 進んだ文化を追いかけてる間は心が安まるのだよ」

「これは失礼しました」

家中の者は会釈する。

「まあよい、プロトガリアにゆくぞ」

「はい、準備いたします」

「面白くなるぞ」

家中の者がドアを開けると、ライアンは機嫌よさげに部屋を出る。

「プロトガリアに船を作らせるんだ」



ディーゴン船団に客がやってきた。

蒸気車だ。

グリフィス家の紋章。


「エドワードの妻のマルティナです」

車から降りてきたのは女性と子供だった。

「これは息子のハロルドです」

マルティナは自分で運転してきたらしい。

「ようこそ、アルスターへ」

ブリジットは少し芝居がかった様子で会釈した。


「……夫が亡くなってすぐに、プロトガリアへ出資するよう要請されました」

マルティナはため息をつきながら、ポツポツと話した。

「王が率先して出資していたので、断った途端に逆風になりまして、身の危険を感じて避難してきた次第です。

 急に来てしまって申し訳ありません」

マルティナはさらりと言ったが、実際にはグリフィス家中の者たちが追っ手を引きつけているうちに蒸気車に乗って逃げてきたというハードな状況だ。

「いえ、歓迎致します」

ブリジットはにこやかに対応した。

息子のハロルドはオーラが相手をしている。

しばらく身の上話を聞いていたら、マルティナは気が落ち着いてきたようだった。


「ディアミド、グリフィス殿の出資金ってどうなってる?」

ブリジットが聞くと、

「出資したままですね」

ディアミドは答えた。

「出資者名義を変更すればいいでしょう」

エドワードからマルティナへ引き継ぐ、という意味だ。

「うん、そうしてくれ」

ブリジットはうなずいて、

「マルティナさん、グリフィス殿の出資金は引き上げられてません」

「ええ、そんなヒマはありませんでしたから…」

マルティナはうつむいている。

夫の事を思い出すのだろう。

「このまま出資していただくというのはどうでしょう? 定期的に配当金がでますから」

「え?」

マルティナは最初は何を言われてるのか分らなかったが、

「そうして頂けると助かりますわ」

すぐに気付いて、礼を述べた。


配当金があれば、それなりの収入となる。

船団本部で生活する分には金は掛からない。

息子のハロルドの養育にも金は掛かる。


そんな訳で、マルティナとハロルドは船団本部で面倒を見ることになったのだった。



「マルティナさんが事務の手伝いをしたいって言うんですけど」

オーラが言ってきた。

「あー、マルティナさんは働くの好きだからな、やってもらえば?」

ブリジットは適当である。

「でも、なんか申し訳なくて…」

お客さんですし。

と、オーラは言外にニュアンスを匂わせる。

「そうだ、蒸気車の運転を習うとかな」

ブリジットは突然、ピンと来たようである。

「蒸気車の講習ですな」

ディアミドは「あー」とうなずいた。

「講習会を開いて、講師をしてもらえば授業料を稼げるだろ?」

「じゃあ、オレも…」

「おまいは金に困ってねーだろ」

ダブリンが手を上げたが、ブリジットが一蹴する。

「しどい…」

「ひどくねー」

ブリジットはそう言って、ドアを開けた。

トイレに行こうとした。


しかし、足を踏み入れたのは、畳の部屋だった。



『あ、最近こないから心配してたよ』

部屋では藍子がパンを食べていた。

『いっつも何か食べてんのな』

『うるさいなー』

藍子は文句を言っている。

『で、何食べてんだ?』

『アンパン』

藍子は言って、少し千切ってブリジットへ差し出す。

『お、ありがとよ』

ブリジットはアンパンのかけらを受け取った。

食べて見る。

『甘めぇ』

『だからいいんだよ』

藍子は言った。

『パンはふわっとしてていいな』

『和洋折衷』

『え、なんて?』

ブリジットは聞き返す。

『パンは元々海外から来たもので、それと日本に元々あった小豆の餡を合体させたんだよ』

『へぇ、そりゃいいな』

ブリジットは気に入ったようだ。


また一泊させてもらったので、翌朝、フル・ブレックファストを作ることにした。

このためにオーラから習って練習してきた。

藍子と黄太郎はこの時のために常に材料を準備していたようだ。

卵、ソーセージ、ベーコンをフライする。

『ん? なんだこの野菜?』

ブリジットは見た事の無い野菜を見て戸惑った。

ごろっとした土の塊のような外見。

『ジャガイモじゃ』

黄太郎が言った。

『エリンにはないのか?』

『初めて見たよ、こんなもん』

ブリジットは物珍しそうに、ジャガイモを手に取っている。

『ジャガイモはこちらの世界では度々飢饉を救っとるんじゃ。

 こちらのエリンに相当するアイルランドでもジャガイモがよく食べられておる』

『なるほど、よく分らん』

ブリジットは首を捻ってる。

とりあえず、よく知ってる食材だけを調理する。

ソーダ・ブレッドを焼いて、人数分の朝食を作る。

『ジャガイモを蒸かしておいたよ』

藍子がジャガイモがてんこ盛りになった皿をテーブルにおいた。

『バターをつけて食べるのが旨いんじゃよ』

『へー』

ブリジットは半信半疑だったが、言われた通りにバターをつけてかじりつく。

『うめえ』

『旨い上に、手がかからない食材じゃよ。

 栽培もしやすく、天候にも左右されにくい。優秀な植物じゃな』

『こりゃいいな、これ1つ持って帰っても……』

ブリジットは言いかけたが、

『いや、やめとこう』

『ん? どうしてだ?』

黄太郎が言った。

『あっちにいるこちら出身のヤツから釘を刺されてるんだ。

 物を気軽に持ってくるのもダメなんじゃないかなと思ってさ』

『なんだか、わかりにくいのう』

黄太郎は首を捻ってる。


ともかく、フル・ブレックファストを皆で食べた。

『うまい』

『うまいね』

『いやー、そうだろー?』

『調子に乗ってるなぁ、このエリン人』

藍子が言った。


朝食が終わって、適当にだらだらしてると、

『あーそうだ、ダブリンさんがさ、魔法少女パピルス・マピルスの続き見て教えてくれって』

藍子が思い出して、言った。

『もう大分話が進んじゃってるけど』

『テレビ様の虜だな、アイツ』

ブリジットは肩をすくめた。


テレビを見ながらのんびり過ごす。

(こんなのは、久しぶりだな…)

そう思いつつ部屋から出る。


次の瞬間、船団本部へ戻っていた。

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