第3話 行為




 僕はあの家に戻ってきた。

 自分が目覚めた一室で情報を整理する。


 この一見すれば町のように見える空間は無機質で生物の気配は感じられない。

 記憶を辿れど、こんな場所の情報はなく『未知の場所』という結論に辿りついた。


 自分についても整理してみる。

 自分の出身、家族、好きな物、この場所に来る直近の記憶などは全てない。

 友達の名前や知り合いの名前すら一文字も出てこない。

 普通に考えれば異常な状態だ。


 しかし、「カナタ」という名前と自分が高校生だったという記憶はうっすらと残っている。


 この事を踏まえ、自分がここに連れて来られる時に記憶を操作された可能性が浮上した。


 記憶の操作、不自然な揺れ、子守唄、色のない空間。

 この場所が何なのか少し想像してみる。


「実験的に作られた空間、或いは僕を隔離するために作られた場所......」


 今考えられるのはそんな所だろうか。

 どちらにしろ、監禁されているようなものだ。

 何故、監禁されているのかは今の僕には分からない。

 もしかしたら、ここに来る前に何かをやってしまったのだろうか。

 もしくは、知ってはいけない情報を知ってしまい、記憶を消された?


 そして、ここに監禁されているのなら僕を「見ている者」も居るはずだ。

 少なくとも、僕をこのベッドまで運んだ者が居るはず。


 そしてこの広いスペース。

 僕一人だけを監禁するにしては余りにも広すぎる。

 この空間の端までどの位の広さがあるのか分からないが、僕一人だけだとは考えにくい。

 空間内に僕と同じように監禁された者が居るかも知れない。


「やはり探索してみるべきか」


 この空間がどんな場所であるか分からない以上、動くのは危険だ。

 しかし、自分と同じ様な境遇の者が居るかも知れない可能性を捨てきれない。


 僕は深呼吸をして、ベッドから立ち上がった。


 その時、部屋の扉がギィと音をたて開いた。


「......」


 僕は息を飲み、扉を注視する。

 扉の隙間から見えたのはスカート。

 そして、扉が完全に開かれて一人の少女が姿を表した。


「......あなたは誰?」


 少女はそう呟いた。

 黒い長髪に、黒い瞳。

 白黒のセーラーに黒いスカート。

 整った顔立ちとすらっとした体躯。

 精気のない瞳が印象的だった。


「分からない。多分──カナタって名前だったと思う。良く分からないんだ。君は?」


「不思議ね。自分の事が分からないなんて。でも私も同じ」


 少女は微笑を浮かべ扉を閉めた。


「私はハルカ。ハルカって名前だったと思う。君はどうしてここに来たの?」


「どうしてって......。僕はここに来る前後の記憶が無いんだ。いきなりこんな知らない所に連れて来られてたんだ。自ら望んで来たわけじゃない......ハルカさんは違うの?」


「私も同じ。自分の意思でここに来たわけじゃない。家族も、趣味も、友達も──自分が何者なのすら分からない。でも胸の中で強く、色濃く、衝動のような願いがあった」


 ハルカさんと視線が交差する。

 真っ直ぐと向けられた瞳は僕を見ているようで見ていない。

 しかし、その瞳にある種の熱の様なものが感じられる。


「愛を知りたいの」


 彼女はそう呟きながら、こちらにゆっくりと歩を進める。


「愛を知りたい。ただ漠然とそんな想いがあった。自分が何者かも分からない私に残っていた唯一のもの。だからその願いを叶えたい──カナタ君は私の事嫌い?」


「嫌いも何も......出会ったばかりでまだよく分からない。でも──嫌いじゃないと思う」


「そう。良かった」


 彼女は僕の前で足を止める。

 そして、また目が合った。

 その瞳は先程とは違い、こちらをしっかりと捉えていた。

 まるで、探し求めていたものを目の前にしたような──そんな眼差し。


 彼女はスッと僕の肩に手を伸ばす。

 そして──


「ねぇ、私とセックスしてよ」


 と呟いた。




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