それは憧れというモノ。1

 俺には憧れてやまないモノがあった。いや、あったはずだった。今は遠い昔……そう過去のコトとして、片付けてしまえばよかった。

コレは、それが出来なかっただけの、末路でしかない。



 ガキだった頃の俺は、町の中じゃそこそこ腕っぷしが強くて、身体的な動きも良く、それが故に俺以外の人間は全員弱い奴だと決めつけ、他人に突っかかっては喧嘩に明け暮れていた。

今考えると、その起こす行動全てが子供ガキの発想で、我ながら頭が痛くなる。

毎日、喧嘩や殴り合いを繰り返すうちに、この小さな町では俺に楯突くものは誰もいなくなり、その現象に飽きた俺は隣町に移動して、また同じことを繰り返していた。


 そんな生活を続けていたある日、一人の大人が話しかけてきた。

俺には、普段の行いから話しかけてくる奴なんていない。稀に居たとしても、気に食わない態度で煽ってくるからいつも即吹っ飛ばしていた。

そいつは、いきなりこう言った。

「君の力は素晴らしい。強いことは正義だ。」

と。

俺は自分の強さに満足したことはなかったし、強さに意味なんて求めたこともなかった。俺はただ、他人より出来ることが『喧嘩』しかなかっただけにすぎない。

「だから?」

と、俺は返した。

一呼吸置いて、そいつは言った。

「だから、君は弱いんだよ。」

ズドン、と言葉が。他人が発したその音に、まるで重さがあるような。そう認識させられるナニカを、その『弱い』という一言に感じた。

「……は?」

そいつから見たら、俺は動揺を必死に隠す風に見えていただろう。まるで強がりの、自分から出たとは思えない震えた疑問符。そして精一杯のガンつけ。

「お前、なに言って──」

一歩。

足を踏み出しただけだった。

それしかできなかった。


 その時、俺の頭の想像上では、踏み出した足で地面を蹴り、相手の懐に飛び込み、殴り倒した図が確かにちゃんと浮かんでいた。

だが、実際浮かんでいたのは自らの身体の方で。フワッと浮いたなんとも言えぬ気持ちの悪い感覚に混乱してる間、地面に叩き落とされ、その衝撃だけが襲ってきた。

「カハッ」

叩き落とされた衝撃が強く、地面から跳ね返り、もう一度身体ごと浮いた気持ち悪さは、今でも簡単に忘れられるものではない。その後再び地面に落ちた時の記憶はなかったが。



 なにやら話し声が聞こえる。

意識が戻り始めるのは、聞こえてくる話し声がだんだんと鮮明になってきてからだった。

「お前、本当にそいつ弟子にするのかよ」

「ここらの評判の悪さはピカイチだぞ?」

「ははは、そりゃ楽しみじゃねえか」

「何が楽しみだよ。下手すりゃ取って喰われるぞ」

「お前の評判も落ちかねない。俺らの仕事は評判ありきで成り立ってるんだ。わかってるのか?」

「大丈夫だって。こいつは俺が育てる」

(なに……言ってんだ、こいつら……)

そう口に出そうとしたところで、全身に電気が走るような痛みが襲い、出たのは情けない声のみだった。

「くっ…………」

その声に反応し、その場にいた人物達の視線が一斉にこちらを向いたのがわかった。

「お、起きたか。はは、悪かったな。思ったより軽くてよ」

ベッドに寝かされているだろう俺の髪をくしゃくしゃにしながら、そいつは俺の顔を見て、ニカッと笑った。あとの二人は少し離れたところで複雑そうな顔をしている。

「お前、今からオレの弟子な?」

「っ……は? ……ゴホッゴホッ」

あまりにも突拍子もないことを言われ、声を荒げそうになり、その勢いでむせる。

「あー、無理すんなよ。やっちまったオレが言うのもあれだが……」

その顔は本気で俺を心配しているようだった。

「いや、そりゃそうなるだろ」

後ろに見える二人のうち一人が呆れた様子で声をかける。

「えー? そうか? ……そっか?」

手前のそいつは、理解したのかしていないのか、馬鹿なのか、という風な返事をしている。


(あぁ、これは夢だ。次に目覚めた時にはちゃんと自分の部屋で目覚めるはずだ)

と、聞こえてる話し声もうっすらとしてきて、俺は遠のく意識に身を任せた。

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