妖精の噂を証明せよ3

 パタンパタンと、二人分の上履きが廊下に響く。ボクは歩きながらも、何が現実なのかわからないでいた。

(さっきまで異世界にいた……ような? そして、ボクは探偵の助手役をしていて……? それは夢だったのだろうか? それとも今これはなんだ? 何が起こって……)

「な、なぁ」

「ん?」

廊下をひたすら歩きながらボクは、ふと疑問に思ったことを口に出す。

「君は、名前、なんだっけ……?」

「えぇ?」

前を歩く級友は笑っていた。

「いやいや俺だよ俺。わかるだろ?」

そう問われても、ボクはどうしても名前が出てこなかった。

「え、っと……本当に、ごめん。」

ボクはその場で立ち止まり、思い出そうとする。が、彼は急にボクの腕を掴んで、引っ張ってきた。

「ちょっ、いっ……」

「ほら早く。こっちにいかないと」

「え、ちょっ、ちょっと待って! なんか変だよ!」

グイグイ引っ張られる腕に対して、ボクは必死に体重を後ろにかける。

「待って、まだ、ボクはっ……」

「早く、こっちへ。じゃないと……」

「いや、ちょっ…………」

振りほどきたいが相手も相当な力で引っ張ってくる。

「……ンさん! トワソンさん!」

「…………はっっっっ」

ボクは引っ張られるようにして、飛び起き、全身は汗だくで息が切れていた。


「はぁ、はぁ、ここ、は……」

 薄暗い部屋。寝ていただろうベッド以外は何もない部屋。けれどここには見覚えがある。ここは、しばらく使われていないであろう屋敷の客室だ。ボクが掃除していたから間違いない。

「はぁ、トワソンさん。目覚めましたか?」

隣を見ると、マリィさんが心配そうな顔をして立っていた。

「え、あ、はい。えっとボクは……?」

「……説明は後でシャロ様がすると思います。トワソンさんはこちらを飲んで落ち着いてください。」

と言われ、温かい飲み物を差し出される。

「……ありがとうございます。いただきます」

スススと啜ると、不思議な香りに包まれる。

「……これは?」

「一応、気が落ち着くための薬草が入っています。少し特殊な香りがするかもしれませんが……」

マリィさんの説明を聞きながら、もう一口啜る。

「……はぁ。落ち着きますね」

「……はい」

説明は後ですると言われた手前、なにも聞くことが出来ずにしばらく飲み物を頂いていた。そしてふと来客のことを思い出す。

「そういえば、シャロさんにお客さんが……」

「……はい。いらしております。私もこれから広間で一緒に話を聞きに行きますので。トワソンさんは、落ち着いたら来てください。」

マリィさんはそう言うと、一礼し、部屋の外、広間の方へと行ってしまった。


 何もない部屋に一人残されたボクは、何が起こったのか自分で少し整理してみることにした。

(確か……屋敷に行く途中で妖精のフィクィさんに出会って……)

そう順番に振り返ってみてもおかしな点は見当たらない。

(屋敷の前まで来たのは覚えているんだよな……)

「うーん……頭が重い……」

マリィさんから貰った飲み物で落ち着いてきてはいたが、どうもここで起き上がったあとから頭痛がしていた。

(何か、悪夢を見ていた気が……? でも思い出せない。そもそもなんでボクはいきなりここで寝ているんだ……?)

「うーん……」

屋敷の玄関を開けたあとが、本当に思い出せなくてモヤモヤする頭を抱え、飲み物を飲み干した後、広間の方へボクも向かっていった。


 ボクが寝ていた客室は、広間から上がる階段の更に奥の廊下にあったため、ボクは広間の二階部分から顔を出すことになる。

廊下を歩きながらも、すでに話し声が聞こえてきていた。

「そう言わず、なんとか、お願いします……」

(この声はフィクィさん?)

あの穏やかな口調から一転、切羽詰まった懇願をしているように聞こえる。

「はぁ、だからワタシは関わらないと言っているだろう?」

ため息混じりで拒否をしているのはシャロさんだった。

ボクが、広間の様子が見える所まで辿り着くと、そこでは、ソファーで他人の話を聞く体勢ではないほど寝そべっているシャロさんと、ソファーから降り、頭を床につくまで下げているフィクィさんがいた。

(なんなんだこの状況は……)

違う意味で頭が痛くなりそうなボクを、いち早く見つけたシャロさんは、下に降りてくるよう指示した。

「君もほら、言ってやれ。」

「……え? 何をですか?」

側に来たボクへの第一声がそれだった。

「ほら、ワタシの助手も迷惑しているんだ。もう諦めて村に帰りなよ」

「いや、ボク何も言ってないですけど?」

シャロさんの横暴に巻き込まれているボクを見て、フィクィさんは

「あっ、エインさん……。この度は本当に申し訳ありませんでした。」

と、頭を下げる。

「えっ、ちょっ、どうしたんですか? 頭を上げてください!」

突然のことに驚くボク。

「……君が突然倒れたのは、彼のせいだよ。だから彼は謝っているのさ」

「彼のせい……?」

「本当に、そんなつもりはなかったんです。飛ばないなら平気かと思って……」

(なんのことだ……?)

ボクは、いまいち状況が掴めず、疑問しか浮かばなかった。

「えっと、その、何のことか全然解ってないんですけど……」

「まぁ、それは後で説明するよ。だから今は、彼を追い返すことに専念してくれたまえ」

「だからなんで追い返すんですか」

「決まってるだろ? ワタシは関わりたくないと言ってるからだ。それに……」

「それに?」

「……ともかく、その依頼は受けない。以上だ」

シャロさんが途中で言いかけて、やめたことが気にはなるが。それより気になったことを復唱した。

「え、依頼なんですか?」

「あーもう、掘り返すなよ。ワタシは、受けないものは受けないんだよ」

と、言い張るとシャロさんは、フィクィさんに背中を向けて寝に入ってしまった。

「えぇ……本気ですか……」

ボクは呆れていただけだが、フィクィさんはずっと交渉していたのだろう。疲弊し、とても残念そうにこう言った。

「すみません。僕も意地になってしまって……。また、出直します。」

「………………」

シャロさんは、最後までだんまりを決め込み、フィクィさんは屋敷を去っていった。

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