第6話

 ミサキは言いだしたら聞かない。それはずっと前からわかってることだけど。


「ミサキ、今日はやめとこうよ。占いなんていつでもいいでしょ?」

「駄目よ、私の気が変わったら次はないんだから」

「そんなこと言ったって。誰かが来るの待っていられないよ」

「駄目なものは駄目、隠し扉とかないのかな?」

「もう、ミサキってば」


 隠し扉なんてあるはずない、狭いのは本棚が一面を塞いでるから。室内を見回すミサキ、ドラマで観る探偵みたい。


「あずさ、こうは考えられない? 人形のどれかがヒントを教えてくれるとか」

「そんなことあるはずが」

「言ったでしょ? ここはオカルト研究会。絶対に何かあるはずよ。たとえば、私達を試す仕掛けとか」

「試すって……何を?」

「熱意よ。私達がどれだけ真剣に占ってほしいのか」

「真剣なのはミサキだけでしょ?」

「私を真剣にさせるだけ、あずさは最高の友達なのよ」


 室内に響いた声。

 ミサキと顔を見合わせた。もしかして本当に人形が喋ってる? まさか……そんなはずは。


「聞こえた?」

「うん、ミサキもだよね?」


 開いたままのドア、ミサキとふたりだけの場所。他に何が声を出せるだろう。


「気のせいじゃない、やっぱり試されてたんだ。どこで喋ってるのよ‼︎ 占ってくれるの? くれないの? どっち⁉︎」

「占うよ」


 室内に響く声と私達を包みだした甘い匂い。

 これって、ミルクティー?


「ドアを閉めてくれないか? それと鍵をかけてほしい」


 言われるまま閉めたドア、鍵をかける音がやけに響く。

 振り向いて見渡す室内、マイクらしいものは見あたらない。声の主はどこにいるの?


「君達の名前は?」

「いいかげんにして。あなた、どこで喋ってるのよっ‼︎」


 室内に響くミサキの怒鳴り声。

 眉間のシワがミサキの怒りを物語ってる。


はここだ」


 ジャッ‼︎


 私達を振り向かせた大きな音。

 陽の光が照らすふたりの姿。ドレスと燕尾服、あれってお嬢様と執事さん? ちょっと待って、本棚がぺたんこに⁉︎


「ミッミサキ、本棚がっ‼︎」

「落ち着いて、はカーテンだ」


 燕尾服の男性ひとが微笑む。カーテンって言われてもピンとこない。

 テーブルに並ぶティーカップとクッキー。壁を飾る何枚もの絵画、開かれた真っ白なカーテン。お屋敷を思わせる優雅な雰囲気。ここ、ほんとにオカルト研究会?


「本物の本棚みたいだろ? 僕のお気に入りだ」

「あずさ、私達からかわれてるのかな。頭が痛くなってきた」

「あぁ、呆れないでくれ。いや、呆れてもいいから話をしよう。君達の名前は?」


『まったくもう』と呟きながらミサキは私を見る。悪い人じゃなさそうだし話してもいいんじゃないかな。何を言われるか、占われるのは怖いけど。

 うなづくと、ミサキは息を吸い込んだ。


「私は譜賀ミサキ、占ってほしいのは、一緒にいる鹿波あずさのこと」

「……その、よろしくお願いします」

「僕は和瀬悠斗わせゆうと、オカルト研究会は僕が立ち上げた。占い師は和瀬悠華わせゆうか、僕の妹だ。悠華、ふたりに挨拶を」

「えぇ、お兄様」


 可憐な声と私達に向けられた顔。

 全然似てないな、妹だなんて言われなきゃわからない。


「僕達のことは名前で呼んでくれ。話がややこしくなる」

「言われなくてもそうするわ。早く占ってくれない? あずさは家の手伝いがあるんだから」

「わかっているわ、私が何者だと思って?」

「占い師でしょ? 漆黒の姫君さん」


 漆黒の姫君、そう呼ばれてるのは黒いドレスを着てるから? 明るい色が似合いそうな顔立ち。どうして悠華さんは黒を選んだのかな。


「テーブルにどうぞ。鹿波あずささん」


 悠華さんが私を呼ぶ。

 テーブル越しに伸ばされた手。話し方といい動作といいお嬢様そのものだ。


「あなたと会うタイミングで淹れたものなの。熱いうちに飲んでほしいわ」

「さぁ、お客様」


 悠斗さんが私に微笑む。

 なんなのこれ、占いが始まるなんて信じられない。本当に屋敷にいるような気がしてきた。変な兄妹、帰ったら玲香さんに話しちゃおっと。


 悠華さんに向き合って座ったテーブル。湯気を立てるティーカップとクッキー、背後から響くミサキの咳払い。


「私にはないの? あずさと一緒に来てるんだけど」

「君には僕が奢らせて貰おうか。一緒に売店へ」

「その格好で? 冗談はやめてよ‼︎」


 燕尾服を着た人と歩く校内、想像するだけで恥ずかしい。ミサキの怒りはごもっともだけど、悠斗さんは臆することなく笑っている。


「売店はすぐそこだ、人気のない穴場も知っている。占いが終わるまでのもてなしには充分だろ?」

「何言ってるのよ‼︎ あんたと話すことなんて」

「知られたくないことが相談者にはあるだろう。どんなに親しくても」


 腕を掴まれミサキは目を丸くする。


「悠華が決めたことなんだ、相談者とふたりだけで話すことを。どうかわかってほしい」

「……手を離してくれない? あずさ、話せることは教えてくれるよね?」

「お友達は急いでいるのでしょう? お兄様のおすすめはフルーツティー。私からはそうね……ホワイトチョコのエクレアはどうかしら」

「はいはい、漆黒の姫君様。あずさからの報告、楽しみにしてるから」


 悠斗さんと肩を並べミサキが離れていく。妙な所だな、モンスターの人形があると思えば本棚柄のカーテン。ミルクティーを前に微笑む黒ずくめの占い師。


「ふふっ、あなたにとっては妙なものばかり」


 体がぴくりと揺れた。考えたことを読まれてる? まさか、そんなことが。


……あなたにとっての常識は、私にとっての真実ほんとう。私にわからないことはないわ」

「本当に……わかるんですか? 私が知りたいことも」

「すべてが視えるもの。あずささん、まずはミルクティーを。言ったでしょう? 熱いうちに飲んでほしいと」


 言われるまま飲んだミルクティー。悠華さんが満足げにうなづいた。


「私を落ち着かせてくれるもの。子供の頃、お母様が淹れてくれた時からずっと。あずささんもお茶が好きね? 日本茶や紅茶……それらは、お爺様が営むお店に影響されている」

「そうです、好みはわかりますか?」

「えぇ、濃いものを好んでいるでしょう。それは食べるものも同じね」


 トクンッと心臓が跳ねた。

 緊張が薄れ、興味が浮かんでくる。見えない力って本当にあるんだな。


「興味を持ってくれたのね。知りたい? 見えない力がなんなのかを」


 また読まれた。

 悠華さんの前では悪いことを考えられないな。言葉にしなくても、考えてるだけで対話が出来ちゃいそう。


「対話? そうね、あなたも視えるようになったなら」


 クスクスと悠華さんが笑う。

 テレパシーか、子供の頃テレビで観た超能力。遠い世界のことだと思ってた、不思議な力を持つ人が本当にいるなんて。


「私が持つ力、知りたいなら教えてあげるわ。それはあなたが知りたいことに繋がっているもの」

「どういう……ことですか?」

「視せてくれるの。私の中に閉じ込めたもの」


 悠華さんの目が光を宿す。

 黄昏を思わせる金色。


「あの、悠華さん?」

「黄昏の妖魔」


 可憐な声に宿る冷たさ。

 私の聞き違い? 悠華さんが言ったこと。


「悠華さん、今……妖魔って」

「私の中には妖魔がいる。妖魔の力が私に視させてくれるのよ」

「何を言ってるんですか。妖魔なんているはずは」

「あなたは出会っているじゃない、妖魔への復讐を誓った人に。霧島愁夜、彼が妖魔に襲われたのは本当のことよ」


 微笑む悠華さんに重なる残像。

 霧島さんが……私を見つめている。

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