ニュータウンは熱を帯び始める——泉北の都市空間へ

都市は近代とそれ以前との摩擦熱によって、独自の空気を形成する。その鱗片を京都と東京から見たうえで、視点を再度泉北ニュータウンに戻そう。1960年代に「街びらき」がなされたこの都市はまさしく、これまでの京都や東京のような堆積された地層を持たない。そうした地層の無さはこの都市を「人工的」と称させるような、熱を帯びない冷たさによって作られている。そうした冷たさこそがニュータウンの一つの個性でもあるだろうが、その一方では1960年に形成されたニュータウンは、もはや50年以上の歴史を重ねてもいる。それはもはや、歴史のない都市とは言えないだろう。かつてロラン・バルトは文学作品上で新規的な表現は時代を重ね必ず古典となることで、作品に宿る「零度」を維持し続けることはできないと主張していた[16]。こうした彼の文学論を都市表象にそのまま流用するのはいささか奇妙だが、あえて言えば、ニュータウンは街びらきの時のような「零度」ではなく、今でも短い歴史より生じた熱を帯びつつ、歴史を重ねているのだろう。それがきっと、将来的には京都や東京のような大きな熱へと発展していくのは、これから先の時代のことだ。


[16] ロラン・バルト『零度のエクリチュール』石川美子訳、みすず書房、2008年。

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