第6話 三澄透の考察

 ゲームのRTAとは、言ってしまえばどれだけ正確に操作できるのかを競うやりこみ要素だ。


 RTA走者が、各自で好きなチャートを組み、実機のコントローラーでその通りの操作をしてクリアする。


 最近走っているのはバグありRTA。バグありとは言っても、チートの類いは一切使わない。ゲーム機やゲームソフトで発生するバグだけを使うレギュレーションのRTAをしている。


 パソコンでレトロゲームを動作させる、エミュレーターでRTAを走るのはレギュレーション違反。パソコンで内部データを解析して、有利になるようにデータを書き換えるような悪さが出来てしまうからだ。


 それに、PCのエミュレーターはTASと呼ばれる自動操作で人間には出せないタイムが出せてしまう。理論的には人間にも可能らしいが、フレーム単位の精密操作を常に成功する必要がある。


 まあ、フレーム単位の精密操作を一回も間違うことなくひたすら成功させるなんて人間にはほぼ不可能だ。


 俺がよくRTAを走るソフトは「Luna Location VI」。通称「LLVI」。


 この前、我が家の愛猫達、ルカとテトが壊したソフトであり、それは弟のように思っていたソフトだった。


 数十年前に生産終了したレトロゲームだが、中古ソフトはいくらでもネットに転がっている。格安とはいかないが、最近の最新ゲームソフトよりも安い値段で購入できた。


 最近の3Dゲームはすごいとは思うが、長時間遊ぶと3D酔いをするため、俺は2Dのレトロゲームのほうが好きだ。


 そして今、予備として購入していたゲーム機と、届いたばかりのLLVIを使い、三澄透はこの前のバグを再現している所だった。


「うーん、再現性のないバグだったか」


 エンディングでルーナが表示されたバグ。


 RTAとは関係ないが、新しいバグを発見するのは少し憧れる。俺と同い年、つまり三十年以上前に発売したレトロゲームのソフトのバグ。散々検証され、バグの情報はネットで探せば大量に転がっている。


 その中に今回のバグはなかった。


 つまり、俺が初めて発見したことになる。


 そんな誰も知らないような新しいバグ、自分で発見したなら検証したいと思うのがゲーマーというものだろう。


 やり直しては繰り返し、やり直しては繰り返し、そして今、五度目の検証を終えた。明日は仕事のためゲーム機の電源を落とす。


 いつバグが発生してもいいように、録画機材をつけっぱなしにしていたというのに。


 まあ、こんな日もあるさ。


 一日中検証したが、収穫は俺のガバがガバガバに再現された録画データだけだった。あまり落ち込まないのは、RTAなんてこんなことの繰り返しだからだ。


 子供の頃からLLVIが好きで、やり込んでいたらいつのまにかRTA走者になっていただけ。動画サイトに投稿しているようなRTA走者よりも下手なのは自覚している。


「ふう、風呂にでも入るか…」


 人間、誰しも年齢には勝てない。


 心に疲労がなくても、ずっと同じ体勢でいれば体は疲れる。体を労うために、寝る前にもう一度シャワーを浴びることにした。


 風呂から上がって部屋に戻ると愛猫達が部屋の隅で何かをしていた。


 この時間にルカが俺の部屋にいる場合、普段なら丸くなってベッドの上を占領している。そんなルカが珍しく起きていて、そして珍しくイカ耳になっていた。


 ルカは茶色のスコティッシュフォールドのため、イカ耳になるとただでさえ垂れている耳が更にぺたんと後ろに倒れてかわいい。


 でも、猫がイカ耳をする時は不安や不満があるか警戒をしている状態。


 テトに至っては何かをガシガシと噛んでいる。ちなみにテトはブルータビーのアメリカンショートヘア。ブルーとは言うが、所謂普通の黒色と白色のアメショ柄。


 ルカがのんびり屋の姉だとすると、テトはやんちゃな弟のような立ち位置だろう。


 テトは遊び好きな猫で、おもちゃによく噛みつくから遊びがいがある。でも、おもちゃ以外の物にはあまり噛みつかない。


 普段とは違う様子の愛猫達を不思議に思い、近寄って見ると…


「なにしてるんだ〜…って、それはっ!?」


 そこには俺が弟のように思っていた、俺と同い年のゲーム機があった。


 ずっとここに干していたのを忘れていた。慌てて持ち上げると、ゲーム機に噛みついていたテトがニャーニャーと不満そうな鳴き声をあげる。


 ただでさえ壊れていたゲーム機は、猫の歯型もついて更に悲惨な状態になっていた。


 今まで気がつかなかっただけで、以前から噛んでいたらしい。ゲーム機のプラスチックは柔らかい材質のため、猫の甘噛でも歯型がよく残ってしまった。


「ああ、こんなに歯形をつけて…」


 猫は自由気ままな生き物。歯形が無数についたゲーム機を見て、俺は深くため息を吐いた。


 噛むなら俺の髪の毛にしてくれよ…


 歯型をつけた犯猫であるテトは、ひらりと落ちたタオルを見て鳴いた。そして、テトがタオルの上でふみふみを始めた。


「それが欲しかったのか」


 ゲーム機を拭くのに使用したのは枕の上に敷いていたタオルだった。愛猫達にとってはお気に入りのタオルだったのかもしれない。


 …と、思ったら、染みついたコーヒーの匂いが嫌だったのか、ふみふみを止めると俺の部屋から出ていった。


「…ニャ」


「それ、要らないのかよ」


 猫は匂いに敏感な生き物。少しでも匂いが変わると、たとえ好きなものでも興味がなくなる。


 ちなみに、ルカはゲーム機を干していた場所で丸くなって呑気に寝ていた。


 流石に乾いているだろうと思い、壊れたゲーム機をコンセントに差して電源を入れてみることにした。


「おおっ、電源ついた!」


 すると、電源ランプが点灯してテレビ画面に文字が表示された。




 キよくニにゃーゲーム

 ▶ヒい

  ケいト




 …ザザッ、ザザザッ。


「いま一瞬文字化けが…」


 読む前に消えてしまったが、三行で選択肢があり、壊れた状況から考えると、恐らく「つよくてニューゲーム」が文字化けした文章だろう。その後、ノイズのような、カラーコードのような、マップ表示が半分ズレて世界が裂けたような画面が続いた。


「だめ…か…」


 いくら待っても起動しない。


 このゲーム機で遊ぶことはもう二度とできないだろう。


 一緒に遊ぶことはできないが、一緒に過ごすことはできる。弟のように思っていたこのゲーム機は部屋のオブジェにでもしよう。


 電源ボタンに優しく指を置く。ゲーム機としての役目を終えたことを労いながら、電源ボタンに力を入れた。


「今までありが…痛っ!」


 パリン!


 指に感電したような痛みを感じ、電源ボタンから手を離す。何かが割れるような高い音と共にテレビにゲーム画面が表示された。


「…う、動いた?」


 そう、動いたのだ。


 冒険者ギルドのマップ。そのマップの中央にいる、プレイヤーが操作するドット絵のゲームキャラクター。そのキャラクターが勝手に動き出したのだ。


 茶色の髪の毛で猫耳と尻尾がついているそのキャラクターが、名前やジョブを勝手に選択していく。




 名前:アーミャ

 性別:女性

 種族:猫獣人

 職業:弓術士




「えっ…このアーミャってキャラ、猫獣人なのに弓術士になるのか?」


 猫獣人は素早さのステータスが高い。


 素早さで有利になる近接、格闘士か忍者になるほうが最適だ。長く遊んでいてこんな無操作状態で動いたことは一度もない。


 考えられるのは、バグって店頭販売用のデモプレイが流れていることくらい。


 レトロゲームは開発者の遊び心というか、誇張表現というか、そんなものをたまにデモプレイに詰め込んでしまう。


 今なら景品表示法違反で騒がれそうなことも、レトロゲームではよく行われていた。あからさまなパクリ作品なんかもあり、著作権なんかも結構怪しいものがあったりする。


 昔はそれくらい大らかというか、大雑把だったということだ。


 話を戻すと、LLVIはマップで操作出来るキャラは男主人公だけ。プレイヤーが猫獣人を操作することなんて絶対にありえない。


 それなのに、ゲーム内では冒険者登録を終えた猫獣人のアーミャが呑気に町を歩いている。


 きっと開発者がおふざけでこのデモプレイを作成したのだろう。冒険者ギルドを出てすぐにルーナとの出会いイベントがないのがいい証拠だ。


 なら、なんでこんなクソ構成にしているんだ?


「リセット…っと、危ない危ない。何もしないほうがいいか」


 何気なく普段の調子でリセットボタンを押そうとしたが、途中で押すのを止めた。


 ギリギリ動いていそうな、このゲーム機。リセットをして二度と起動しなくなったら大変だ。


「とりあえず、改善案が思いつくそのときまで…保留で!」


 テレビの電源を消すと、ゲーム機の電源を入れたまま寝た。既にベッドの上には先客がいて、俺はルカを避けてベッドの端っこで寝た。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【ルカとテト】


 三澄家に住んでいるお猫様達。


 ルカは茶色のスコティッシュフォールド。テトはブルータビーのアメリカンショートヘア。ちなみにルカが先住猫。


 猫なので二匹はたまにナイトにフィーバーする。猫なので!


 大事なことなので二回書きました。

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