合成音声音楽・ネットカルチャー論

ukiyojingu

合成音声音楽の基礎

私たちは初音ミクを愛していたのか?——彼女と私とインターネットについて

はじめに

 私は2010年代からボーカロイド文化に触れ、その変化をずっと見てきたが、一方で「初音ミク」とか「鏡音リン」といった特有のキャラクターが好きだったというわけではなかった。どちらかといえば、それらを通し、数多くの匿名ユーザーたちが一つに繋がり、環境を盛り上げていく光景が好きだったのだ。そういう意味で、私は初音ミクを愛していなかったと思うが、そうしたかつてのインターネットを象徴する存在として、当時から初音ミクは受け入れられてきたことは間違いことだった。彼女は紛れなく、さまざまなユーザーを「接続」していくという、今は無きインターネットの世界におけるアイドルだったのだ。


 いつもの点は線となり、いくつもの線は円となってすべて繋げてく——2011年にlivetuneによって公開された「Tell Your World」は、私にそうしたインターネットのイメージを大きく与えた楽曲だった。1990年代より登場したインターネットは、ことに国内においては数多くのユーザーをつなげるためのプラットフォームとして作用し続けた。1999年に登場したネット掲示板「2ちゃんねる」では多くのユーザーがAAやコピペによって連帯し、新世紀の到来とともに「電車男」が生み出された。その一方で、細田守によって作成された「デジモンアドベンチャー 僕らのウォーゲーム!」が劇場公開され、多くのネットユーザーから応援を受けながら、アグモンとガブモンはオメガモンへと進化した。そうしたインターネットに対する期待が大きく込められた時代背景とともに育った初音ミクは、ニコニコ動画の成長に呼応するように、北国から世界へと飛び立っていった——。そうした時期を少年として過ごした私にとって、「Tell Your World」は紛れもなく、大きな存在だった。


 2021年の今、こうした彼女の「いくつもの線は円になってすべて繋げてく」思想は、どこへ行ってしまったのだろうか。彼女が企てた「接続」は私にとってまさにインターネットを象徴する存在だったのは紛れもないが、いつしかそうしたことは語られなくなってしまい、今では跡形も無くなってしまったように思える。そうした私の予感を裏付けるかのように、初音ミクを中心として開催される一大イベントたる「マジカルミライ2020」の代表曲には「愛されなくても君がいる」という曲が選出された。「(みんなに)愛されなくても君がいる」と言ってしまう2020年の彼女は、当時のインターネットから見てどう思われるべきなのだろう。そもそも、初音ミクを「接続」の代弁者として考えてしまう私が、そもそも誤っているのだろうか。


 私はこうした点から、私は自身が初音ミクを本当に愛していたかを考える必要に駆られていた。すなわち、彼女がいったいどのようなものであったかを考える必要があるということだ。仮に彼女をインターネット上でユーザー同士を「接続」する存在だったとみなすのなら、それが跡形も無くなり、数多くのネットユーザーたちによってバラバラに切り刻まれた彼女を前に、私は何を言うべきなのだろう。この先、私は私自身の記憶をたどりながら、彼女がどのように発展してきたかを見つめていくことを通し、私自身を振り返るとともに彼女がどのような存在だったかを、確かめに行きたい。その始点は、彼女が生まれた2007年にあたる。

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