第2話 トラウマ

 こんな私でも、過去にお付き合いしたことはある。


 私の出会いの理想は、クラスメイトやサークルなど、何か共通のものを通したりして、次第に好きになったり惹かれあったりするパターン。


 そんなのはあくまで理想で、異性とろくに話せないわたしにそんな機会は訪れなかった。


 結局友人から人数集めで誘われる飲み会や食事会で知り合い、その場はみんな社交辞令的に連絡先を交換し、私に興味をもってくれた人から連絡がきたら会って…

 何度か遊んで軽いノリの告白なのか、本気の告白なのか見極められず、でも告白された事が嬉しくて、私自身気持ちが固まらなくても付き合ったりしたこともあった。


 そんな出会い方の中にも、過去に付き合った人の中で、夢中になれた人が一人だけいた。

 夢中になったが故に、彼がどこでなにをしているのか常に気になり、連絡がとれないと浮気を疑う始末。

 でも相手にそれを問いただす勇気もなく、

 楽しい反面しんどかった。

 私の中に、こんなに嫉妬深く、疑り深い私がいたなんて。

 私の知らない私の一面を知って、自分でも驚いた。


 彼とは趣味も、食事の好みもあい、カラダの相性もよかった。

 こんな人、もう現れない、このまま続けば結婚したいとも思っていた。

 そう思いながら20代前半を彼と過ごしてきた。


 そんなある日、たまたま仕事が激務で彼からの連絡にすぐに反応できないことがあった。

 普段でもよくあることだから落ち着いたら折り返そうと思っていた。

 仕事帰りに携帯をみたら、メールも着信も

ちょっと引いてしまうくらいの回数きていた。


 彼は私に対していつも穏やかで優しかった。

 背が高く少しだけぽっちゃりした体格で、

 ぎゅっと抱きしめられるとふんわりあたたかく、優しさに溢れていた。

 そんな人だから、私が仕事で電話に出られないときも、理解があった。


 そんな彼がこんなに何度も連絡してくるなんて…。


 驚いて慌てて電話をすると、開口一番すごい怒鳴り声で

「おまえどこにいるんだよ!?」

 と。

 そんな激昂した彼を見たことがなかった。

 驚いて黙っている私に彼は続けて話しだした。


「美香のこと駅まで迎えに行こうと思って、いつもの帰り時間くらいに駅で待ってたんだよ。そしたら美香らしき人が男の車に乗って行くところを見たんだ!今、誰とどこにいるんだよ!?こんな時間まで電話に出ないなんて、そういうことだろ!?」


 話の内容はかなり一方的だった。

 私はまだ職場の最寄駅にすらついていないことを伝えたが、彼は興奮していて信じてくれない。


 私は初めて彼に怒鳴られ、頭がパニックだった。

 でもこの場をどうにかしないといけないと

 必死で信じてもらう方法を考えた。


 そして彼に言った。


「ほんとにさっき仕事が終わったばかりなの。まだ近いから会社に戻るから、15分後に私の職場に電話をかけて。そしたら私が会社に居たことがわかるでしょ。」


 彼の電話を切った瞬間、私は驚きと恐怖、両方の感情でいっぱいだった。

 私の手は震えていた。


 私が本当に会社にいることがわかると、

 彼は落ち着いたのかいつもの優しい声に戻っていった。


 彼は「ごめん。帰る時間帯も姿も美香に似てたんだ。勘違いしてごめん。美香はモテないって言うけど、俺の周りの奴らは美香を可愛いって言ってる。だから他の奴に誘われたんじゃって心配になってつい…。」


 私は彼の話がまともに頭に入ってこなかった。

 私の中で完全に【優しい人】から【怖い人】に脳内が変換されてしまった。

 たった一本の電話で。


 それからしばらくはお付き合いを続けたが、またいつどこでキレるのか怖くてメールで一方的に別れてほしいと伝えた。


 彼は私の家で待ち伏せし、執拗に理由を尋ね、別れたくないと言いながらも、興奮しだしてまた声を荒げ、本当は別の奴とつきあってるんだろう!?と、勝手な想像で私を責め立てた。


 幸い実家だったので、親が驚いて家の中から出てきてくれ、彼を説得してくれた。


 さすがの彼も親が出てきたことで我に帰り、渋々了承し帰っていった。


 地味な私が、まさかこんな修羅場を経験するとは想像もしていなかった。


 私はこの件ですっかり男の人が怖くなり、

 もう恋愛はしないと心に誓った。

 そうして貴重な20代、とんでもない経験をして、さらに恋愛から遠ざかることとなった。


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