第7話 忠義を尽くす相手

一騎当千いっきとうせんとはよく言ったものだな」


 軽快な拍手と共に、宝飾品で派手に着飾った禿頭とくとうの男が奥から姿を現した。多くの部下を戦闘不能に追い込んだマルクを前にしても余裕を崩さない辺り、これまでの悪漢よりは胆力が備わっているようだ。


「その顔。グリラファール頭目のヴァレリー・ヴァリーとお見受けする」


「名乗る手間が省けて助かるよ」


 男は事前にギーから教えてもらった、グリラファール頭目と特徴が完全に一致していた。町の探偵事務所の所員に過ぎないマルクが今、王都を震撼させる犯罪組織のリーダーと対峙している。


「お前、どこの組織の者だ?」


「組織と呼ぶには我が社はあまりに矮小わいしょうだ。僕はしがない探偵事務所の所員ですよ」


「探偵事務所ね。お前がやってきた理由は何となく分かったぞ」


 その反応から、貴族令嬢であるルイーズ・ジャックミノーを拉致してしまった自覚はヴァレリーにもあるようだ。


「探偵。俺と手を組まないか? お前程の実力者がいれば、組織はより大きく発展出来る。お前にとって都合が良いのなら、目的の人物も譲り渡す方向で調整するぜ」


「殴り込みをかけた人間を勧誘とは、酔狂ですね」


「俺は有能な奴が大好きなんだ。もちろん報酬は弾む。いい値でも構わねえ。お前の武力にはそれだけの価値がある」


「今を時めくグリラファールのこと。資金力は相当なものでしょう。今の安月給に比べたら破格の条件ですね」


「話しの分かる奴は好きだ。早速契約の――」


「誰が貴様なんぞの下に就くか!」


 これまではあくまでも笑顔の仮面を被っていたマルクが、初めて感情的に声を荒げた。その迫力に、犯罪組織の頭目であるヴァレリーさえも動揺を隠しきれなかった。


「僕がこの身を捧げるのは、未来永劫所長ただ一人だけだ。誰が貴様のようなクズと手を組むか。想像しただけで吐き気がする」


 ギー・シュショットマン以外の人間に尽くすことなど、マルクには考えられない。忠義を尽くすのは大恩人であり、正義の器と信じて止まないギー・シュショットマンただ一人だけだ。犯罪集団というだけでもおぞましいのに、手を組めなどという浅ましい提案を受け、内に秘めていた激情はいよいよ爆発寸前だ。


「だったらお前を生かしておく理由なんてない。俺の手を取らなかったことを後悔して死んでいくんだな!」


 ヴァレリーとて金の力で全て解決出来ると思う程浅はかではない。マルクの襲撃直後に姿を現さなかったのは、奥の手を用意していたからだ。人間の兵隊が敵わないのなら、怪物を差し向けるまでのこと。


「魔物。いや、合成獣か」


 ヴァレリーの背後から、四足歩行の巨影が姿を現す。獅子の胴体から獅子と山羊の頭が生え、尻尾は凶暴な毒蛇の形を取った、合成獣キマイラの出現だ。倫理的な観点から、魔法により生物を掛け合わせる合成獣の製造は、国際法で固く禁じられているが、無法者にとってそんなルールは関係ない。


「生物兵器の試作品さ。お前で性能をテストしてやるよ」


「人間相手じゃないならまあいいか」


 キマイラを目の当たりにしてもマルクは顔色一つ変えず、蹴散らした雑魚が手放した既製品の片手剣を拾い上げた。


「剣一本で人間が合成獣に勝てるものか。行けキマイラ! 不届き者を食い殺せ!」


 ヴァレリーの指示を受け、キマイラの巨体がマルクに襲い掛かったが。


「……せめて安らかに」


 人間の身勝手な欲望で生み出された存在への同情を口にした瞬間、キマイラの、獅子、山羊、蛇の三つの頭が同時に落ちた。あまりの早業に剣閃けんせん一つ目では追えない。硬質なキマイラの肉体を切断してみせた威力も凄まじい。剣を手にしたマルクの戦闘能力はこれまでの比ではなかった。


「……キマイラを? 一撃で?」


 生物兵器であるキマイラが瞬殺された事実に驚愕し、ヴァレリーの腰が砕けた。状況を咀嚼そしゃく出来ず、恐怖よりも先に疑問符ばかりが口をつく。


「さらなる奥の手があるならご自由に。全て切り伏せてやる」


「だ、誰か! 俺を守れ! おい、聞こえてるのか? 誰か! 誰かー!」


 命の危機を感じてヴァレリーが喚き散らすが、増援が現れる気配はない。奇襲のために息を潜めていた部下たちも、マルクの圧倒的実力を前に完全に戦意を喪失してしまっている。そうこうしている間に、キマイラの血を帯びた片手剣を手に、マルクがヴァレリーとの距離を一歩ずつ詰める。恐怖に支配された男の目に映るそれは、死神の行軍に等しい。


「ルイーズ・ジャックミノーはここにいるのかい?」


「あ、あの娘ならもうここにはいない。お前と入れ違いで別の場所に移した」


「想定の範囲内だ。もう休んでもいいよ」


 冷笑を浮かべると、マルクは剣を握る手に力を込めた。


「待ってくれ探偵! 命だけは――」


「ずっと気になってたけど、僕は探偵じゃなくて所員だよ」


 剣の柄で強烈に腹部を一撃し、マルクはヴァレリーを気絶させた。


 本人に乞われるまでもなく、元より殺すつもりなんてない。これまでに戦闘不能に追い込んだ悪漢も、重症に留めて誰一人として命は奪っていなかった。殲滅せんめつが目的なら最初から剣を持ち込んで、倉庫は開始数分で死屍累々の地獄絵図と化している。事件の背景を明らかにするための証人として生かしておく必要があるし、探偵事務所とはいえ立場上はあくまでも一般人。これから到着する予定の治安維持局に、グリラファールを全員死体で引き渡すわけにもいかない。


「後は頼みましたよ。所長」


 ルイーズ・ジャックミノーはすでにこの場にはいないようだが、居場所には見当がついており、そちらにはギーが向かっている。さらわれた女性たちや、気絶しているグリラファールのメンバーを治安維持局に引き渡せばマルクの仕事は完了だ。

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