第4話 犯罪組織の影

「昨日確かに、この写真の女の子と服を交換したわよ」


 冤罪の危機を脱したギーはその足で、カフェ【ウイユ・ド・シュ】を訪れ、給仕のバルバラにルイーズの写真を提示し確認を取っていた。衣服の交換を持ちかけたのがルイーズだと確定したことで、ルイーズがどのような服装で行方不明となったのかが把握出来る。


「彼女と交換した服というのは、どういうコーディネートだった?」


「フリルのついた白いブラウスに、細身の黒いパンツを合わせたシンプルなコーデだよ。それと、おまけでつけた赤いキャスケット帽も被っているはず」


 失踪中のルイーズと目の前のバルバラは、体格や顔立ちの系統が似ているため、バルバラと服を交換したルイーズの姿も想像がつきやすかった。


「探偵さんが行方を捜すなんて普通の状況じゃないよね。もしかしてあの子、何か事件にでも巻き込まれているの?」


「今の時点では何とも。俺は探偵として、帰りを心待ちにするご家族のために彼女の行方を捜すまでだ」


「……いい子だったし、何事もないといいけど」


「好印象だったんだな。あえて言わせてもらうけど、状況だけ見れば強引な印象を受けそうなものだが」


「確かに突然服を交換してくれなんて言われて困惑したし、勢いで押し切られた感は否めないけど、不思議と受け入れられたんだよね。世間知らずなお嬢様なんだけど、それすらも愛嬌あいきょうに感じられて。どこか庇護欲ひごよくくすぐられるというか。自然と力になってあげたいと思える魅力のある子だったよ」


「なるほど。ある種のカリスマかもしれないな」


 お転婆な面が目立つが、行く先々で人心を掴む力には、高名な貴族であるジャックミノー家の令嬢としての器が感じられる。


「服を交換後。彼女がどこへ向かったか、何か聞いていないか?」


「私は何も。本人も気ままに町を見て回るつもりみたいだったし、ノープランだったんじゃない? 最近何かと物騒だから、気を付けてねとだけは伝えておいたけど」


「確かに世情には疎そうだ」


 ここ一カ月程、人気のない路地裏で若い女性が失踪する事件が多発している。日々犯罪抑止に目を光らせる治安維持局の眼を掻い潜っての犯行であり、知恵の回る何らかの犯罪組織の関与が疑われている。


 単なる家出で済めば幸いだが、物騒な世情故にルイーズが犯罪に巻き込まれた可能性も否定は出来ない。もしもこれまで通りにルイーズが一目で高貴な身分と分かる姿で出歩いていたなら、むしろ犯罪組織に狙われる危険性は低かっただろう。貴族令嬢が犯罪に巻き込まれたと判明すれば王国軍が本格的に参戦し、犯罪組織側にとっては自ら危機を呼び込むのと同義だからだ。


 しかし今回ルイーズは町に溶け込むために、一般的な町娘と遜色そんしょくない恰好で町に繰り出している。貴族であると分からぬまま、一人の女性として巻き込まれてしまった可能性も考えられる。


「貴重な情報をありがとう。おかげで調査が捗りそうだよ」


「早く見つけてあげてね」


「全力を尽くす。今度は客として寄らせてもらうよ」


「お客様はいつだって大歓迎。またのご来店を」


 話を聞くだけになってしまったことを詫びると、ギーは再び調査へと繰り出していった。


 ※※※


 ギーはバルバラに聞き込みをしたその足で、繁華街から程近い河川敷を訪れていた。石造りのベンチに腰掛けて待っていると、ボロボロのコートを羽織った初老の男性が静かに隣に腰掛けた。髪や髭も伸ばし放題で、浮浪者染みた風貌だが、歴戦の雄を感じさせる鋭い眼光からは、只ならぬ迫力が感じられる。


「ご無沙汰しています。マクシム」


「挨拶は不要だ。さっさと用件を言え、ギー坊」


 マクシムと呼ばれるこの男性も情報屋の一人で、浮浪者同士のネットワークを駆使して、表には出てこない様々な情報に精通している。ギーが探偵事務所を開く以前からの知り合いであり、マクシムは親戚のおじさんよろしく、親しみを込めてギーをギー坊と呼んでいる。


「昨日から行方不明になっている女性を捜している。服装はフリルのついた白いブラウスに細身の黒いパンツ。それと赤いキャスケット帽も被っていた」


 失踪当時の服装と共に、ギーはルイーズの写真を提示した。


「この顔、エクトル・ジャックミノーの娘か。一介の探偵が大そうな山に首突っ込んだもんだな」


「依頼されたのだから仕方ない。マクシムに何か気になる情報は入っていないのか?」


「昨日の夕方頃だったか。繁華街近くの路地裏を寝床にしてる男が、若い女の悲鳴を聞いたって話しが流れてきてる。現場には赤いキャスケット帽が落ちてたそうだぜ」


 ど真ん中の情報の登場に、ギーは深いため息をついた。家出したまま自らの意志で帰らないだけだったら事はまだ穏便だったのだが、犯罪に巻き込まれたのは確定的のようだ。今後犯罪組織との接触は避けては通れない。


「半年前の治安維持局の一斉摘発で、ドゥヴネットファミリーは弱体化しているし、一連の失踪事件はやはり、頭角を現してきたグリラファールの仕業か」


 昨今は巨大組織であるドゥヴネットファミリーが弱体化したのを機に、西部で幅を利かせていたグリラファールという組織が王都へ進出。ドゥヴネットファミリーの二の前は御免と、既存の組織が大胆な行動を控える中、新参者であるグリラファールだけは、これ幸いと様々な犯罪行為を引き起こし、勢力を拡大させている。


 人攫ひとさらいも西部で活動していた頃のしのぎ一つであり、王都での一連の失踪事件への関与も疑われているが、治安維持局の警戒の目を巧みにすり抜け犯行が行われており、未だに決定的な証拠は掴めてはいない。


「家出娘を連れ戻すだけの、平和な案件のはずだったんだけどな」


「別に大差ないだろう。居場所がちょっとばかし物騒なだけで」


「犯罪組織に乗り込み、拉致された令嬢を救出する。完全に探偵の領分は越えてるって」


「探偵がギー・シュショットマンでなければの話だろう」


「ギー・シュショットマンだって人間だ。ジャックミノー卿には、後で追加手当てを貰わないと」


「危険手当かい?」


「調査費の上乗せだよ。グリラファールに乗り込むなら、幾つか下準備が必要になる」


 苦笑顔を浮かべると、ギーはベンチから立ち上がった。


「情報料はいつもの額でいいか?」


「今回は五割増しだ。事件が片付いてからの後払いでいいぜ」


「調査費が潤沢と見て足元を見たな」


「稼げる時には稼いでおかないと」


「商魂たくましいね。価値ある情報だったし色をつけておくよ」


 ジャックミノー卿から費用についての心配はいらないと、頼もしいお言葉をもらっているので、これぐらいの出費は問題あるまい。情報は時に金銭には代えられない程の価値を持つ。重要な情報にはそれ相応の報酬が伴って然るべきだ。


「探偵業が充実してるようで何よりだぜ。ギー坊」


「そう見えるか?」


「少なくとも、前職の頃よりも活き活きして見える」


「そんな風に笑うなんて、マクシムこそ歳を取ったな」


「俺だって人間だからな」


 一昔前なら、こんな好々爺こうこうやめいたことを言うような人間ではなかった。変わったというのならマクシムも大概だ。


「また何かあったら頼む。あんたの情報は有用なんだから、しっかり長生きしろよ」


 自分なりの感謝の言葉を残し、ギーはマクシムの元を後にした。

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