第2話 グッドゲームを
その当時の
彼は中学一年生にして、自分の完璧さを自覚し、いかにそれを活用した人生を送るかを考えていた。
よい高校、よい大学へ進学し、よい勤め先に勤める。絵に描いたような完璧な人生。それが
完璧な人間であるためには、完璧なふるまいをすべきである。
そういう完璧な人間のステレオタイプといえば、生徒会である。
当然、
であれば、一年のうちは運動部に入るのがよい。それも二年で生徒会に入ることを考えると、ほどほどに活動して簡単に辞められる部活が望ましい。
その点でまず、野球部やサッカー部はよくない。チーム競技であるから、つまらないしがらみが生まれる。
陸上部などもよろしくない。個人競技ではあるが熱心に活動する部活であり、また記録を求められる競技なれば、育ちざかりでこれからどんどん記録を出せるであろう
――そんな消去法の結果が、これだ。
卓球部。
運動部ながらほどほどの活動で、ダブルスもあるが基本的には個人競技。
また他の運動部と比べて陰気な人間が集まるという偏見があり、そういった人間が困っているときに手を差し伸べて
その中に、彼はいた。
――出会ってしまった。出会ってしまった……!
ぞろりとした長い前髪で、目の半分が隠れた男。
◆
スポーツセンター内。試合会場。体育館。
規則正しく並べられた卓球台と、青い仕切り。
外周二階にはぐるりと観客席があり、試合のない者などがそこから観戦する。
「
観客席から先輩に声をかけられ、
そうして二人の顔は、対戦相手の方を向いた。
「はっは! まさか本当に対戦することになるとはな!」
「一回戦から、面倒な相手に当たったな……情報通りだと、疲れるんだよ、この二人と戦うの……」
さっき会った全身つるつるの双子、半田兄弟がそこにいた。
二人とも、俗に言う「考える人」のポーズで空気椅子をし、顔だけを
「くすくす。ねぇ兄者。本当にこの二人と戦えるよ。よかったね」
「くすくす。ああ弟者。どんな狂気を見せてくれるか、楽しみで仕方がないよ」
半田兄弟の微笑に、
ぽつりと口を開いたのは、
「正気のままで卓球やれるつもりなら、帰ってくれないかな……お遊戯会じゃないんだから」
審判に聞こえるほどの声量ではない。
だが半田兄弟の仮面的微笑は、微笑のまま凄みを増した。
一般的な試合のルールに基づき、ラリー練習。
カコン、カコン。ピンポン玉を返す音。
キュッ、キュッ。シューズが床をこする音。
まだ試合本番の激しさはない、ただの肩慣らし。
それでも練り上がる。
芯に火のついた木炭のように。
その中で
(気色悪いなぁ……
半田兄弟は、変わらず仮面のような微笑をたたえて、二人を見つめてくる。
ラリーを終え、ラケットの確認。
サーブ権。先に取ったのは
「
「グッドゲーム……期待してるよ」
そして二人は、配置についた。
(はっはっは)
(はははは……ははははは)
笑う。笑い続ける。
(はははは……はははははァ!!)
ぴきり。こめかみや手の甲に、血管が浮く。
笑い続けなければ、優等生の仮面が今にもはがれ落ちそうだ。
(グッドゲームを
どこまでもなめ腐った最悪のウジ虫がッ!!)
それらの心情を、
たださわやかでにこやかな優等生の仮面を被って、卓球台の前で構える。
その、今にもかげろうが立ちそうな
静止。
サービスを打つ前の、一瞬の
他の台で試合を行う音も、今は遠く現実感がない。
(僕は……完璧だ)
煮えたぎる怒りを、
心の内にではない。ピンポン玉に。これから打つ打球に。
力を込めるのではない。怒りに任せた雑な打球をしてミスなどして、そんな姿を
(そうだ。完璧な人間たること。
それこそが僕の目標であり、この煮えたぎる殺意を発散する唯一の方法だ)
完璧な人間。
非の打ち所がない人間。
そんな人間として
それが
呼吸を一拍。
ピンポン玉が、左手から宙に浮く。
(その目的のために、ひざまずけ……有象無象どもッ!)
燃えるような
「――……!」
まるで、時間が飛んだようだった。
半田兄弟の後方で跳ねる、ピンポン玉。
彼らの向かいには、
前髪に半分隠れた目は、氷のように冴え冴えと。
起こったことを順に言えば、
シンプルな三球目攻撃である。
ただ、その速度が尋常ではなかった。
半田兄弟は、背筋が凍るような感触を味わいながら、くすくすと微笑した。
「前陣速攻……」
前陣速攻。
卓球台から離れず、台上でスピーディに玉をさばく超高速・超攻撃型戦闘スタイル。
それが
「
半田兄弟の仮面的微笑が、深く口角を上げた。
その正面で、
「三球目攻撃のお膳立て、ありがとう……」
前髪の下から見上げる
「てっきりサービスエース、狙うと思ってたんだけどね……」
びきびきと、
(ああ……そうだとも! 当然僕は
それを返されて三球目攻撃に
「うまく崩せて、打ちやすかったろう?
この調子で僕たちの力を見せていこう」
そして二人は配置につき、試合を続ける。
殺意だけが、高まりに高まっていく。
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