第14話 潜入パーティー −1

「アルバ語はできるか?」


 グラーツからの唐突な質問にリアリナは面食らった。


 はっきりとグラーツへの想いを自覚して、それでもどうにか平静を装って馬の練習を再開した矢先のことである。


「え?ええ、大学で習ったので、少しですが……」


「よし、それじゃあ一緒に来てくれ」


 と馬の練習もそこそこに切り上げ、連れてこられたのはグラーツの家。中にはハインツと煌びやかなドレスがあった。


「え?これは……?」


 グラーツが詳細を話し始めた。


「実は今、とある高官の汚職を探っていてな。今度その貴族の邸宅であるパーティーで密書を受け取る手筈となっている、らしい。それを掴めば立派な証拠だ」


「でも、それと私と何の関係が……」


「俺とリアリナ殿はアルバから来た貴族のフリをして潜入する。何とか密書を手に入れる」


「それ、私要りますか?」


「パーティーはパートナー2人の参加が基本だ。1人でもいけなくはないが悪目立ちする」


 どんどんリアリナは焦り始めた。


「で、でも、私パーティーなんて行った事もないですし、貴族の作法も知りませんし!」


「そこはハインツが仕込んでくれるから大丈夫だ。ボロが出なけりゃいいんだ。少し変でも、外国人だから、でどうにかなる」


「そう言うお役目なら、私よりももっとふさわしい女性のお心当たりがああるのでは!?」


 珍しく語気を荒げるリアリナに、グラーツはおや、と思った。


「それはどこの『女性』のことを言ってるのかな?」


「……この間、街で見かけたんです。あの、花街の……グラーツ様といるところを」


 あれか、とグラーツも思い出した。ようやく合点がいった。リアリナの挙動がおかしくなったのが、あの後からだ。わかりやすい反応に、グラーツは思わず口元がにやけてしまう。


「確かに、以前なら頼めたんだが、生憎この間振られたばかりでな。身請けされて地方の小金持ちの後妻さんになるってさ」


「え……」


 驚いたようで、リアリナの勢いが弱まる。そこへたたみかけるようにグラーツは押した。


「な、だからこんな重要な任務、リアリナ殿にしか頼めないんだ。俺を助けると思って!な!」


「でも……」


「乗馬を教えてる駄賃だと思って……」


「そんな……」


「実は西の町に絶品のタルト屋があってだな……」


 ハインツからの口添えもあり、結局渋々ではあるが、リアリナは承知してくれた。


 宥めすかしても、結局タルトの辺りで落ちたってところにグラーツの胸中は若干複雑である。


「だんだんわかってきたぞ、リアリナ殿は甘味で釣れる」


「何を言ってるんですか!!そんなことありません!!」


「じゃあ、タルト屋は行かないでいいのか?」


「う、それは……」


 はははと笑うグラーツ。


「心配になるよ、俺は。甘いものくれるって言っても、知らない人に着いてっちゃだめだぞ」


「子供じゃありません!」


 リアリナは頬を赤くさせて反論する。


「グラーツ様だから、行くんです!他の男の人となんか行きません!」


 本人が意図してかどうか、微妙な言葉のニュアンスに、グラーツはにやけてしまった。女といる所を見られて嫉妬されたり、なかなかどうして、好かれているではないか。最初の氷の対応と比べて随分心開いてくれたもんだ。


「そういえば、何故私がアルバ語を知っている事をご存知だったのです?」


「前にリアリナ殿が調べ物をしていた中に、アルバ語の本があったからさ」


 アルバ人の貴族の夫婦と言う設定である。当然立ち居振る舞いも練習させられる。パーティーまでの1週間、図書館での仕事が終わると、リアリナはグラーツの家で貴族のパーティーの作法やダンスを詰め込み練習させられた。


 本に書いてあれば知識としてリアリナも頭に叩き込める。が、実際それがすぐできるかと言うと話は別だ。特にダンスなど、踊ったこともない。


 主にハインツが特訓に付き合ってくれた。ハインツは物腰は柔らかいが、やはり軍人。間違いはやんわりと、だが容赦無く指摘される。どうにかハインツの合格点も出て、丁度1週間だった。


 パーティー当日。着替えや支度はまた別の家で行う。足がつかないようにするためだそうだ。ドレスもメイクも慣れていないリアリナに、ハインツが全部支度を行い、化粧や髪を結い上げる。


「さ、これでどっからどう見ても貴族のお姫様ですよ」


 と、ハインツ本人も満足そうだった。鏡の中には見慣れぬ自分の姿があった。

 支度部屋から出ると、やはり貴族風の服に着替えたグラーツが振り向く。一瞬目を見開く。リアリナはその視線が恥ずかしくなる。


「いかがですか?隊長」


「……だめだ。やり直し」


「え?」


 ハインツとリアリナの声が重なる。


 そんなに変だったのだろうか。急にリアリナは不安になった。グラーツは険しい顔をして腕を組んでいる。


「綺麗に仕上げすぎだ。リアリナ殿が目を引きすぎちまう。もう少し控え目にしろ」


「そうは言いますがね、元の素材が良すぎるんですよ。控え目って言われましても」


「いいから、やれ」


 と、ぶつぶつとハインツはもう一度リアリナの髪を結い揚げ直し、化粧も直した。少し地味目な仕上がりになり、ようやくグラーツの合格点が貰えたのだった。


 馬車が用意され乗り込むのだが、足元が不安定で転びそうだ。


「な、慣れません、こんなに広がるドレスにヒールなんて」


 グラーツは左腕を差し出した。


「だからヒールの女性は男の腕を組んで歩くんだ。さ、どうぞ『奥さま』」


 恐る恐るグラーツの腕を掴む。グラーツはさらにそれを正しい形に絡ませる。


 リアリナが体重をかけてもびくとも揺るがない。安定した腕にリアリナは安堵の顔になった。


「な?」


 間近で笑いかけられ、また恥ずかしいようなむず痒い気持ちになる。


 馬車の中では2人対面して座る。グラーツも変装していた。いつもの無精髭がなく、髪も整え黒く染めている。衣服も上等な物だ。どこからどう見ても美しく立派な貴族然とした佇まいだ。


「グラーツ様も……あの、髭とか」


「ハインツが汚らしいから剃れとか言いやがって。俺は男らしくてカッコいいと思うんだがなぁ」


 と、ツルツルの顎を撫でる。


「リアリナ殿ほどじゃないが、俺もいい男っぷりで目立つわけにいかんからな」

 

 そう言うと、グラーツは箱から付け髭を取り出した。リアリナに鏡を持たせ、髭をつけていく。先がツンと整った立派な口髭をつけると、途端に印象が変わった。


「どうだ?異国の貴族に見えるか?」


「はい!」


「さ、行こうか!」

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