第6話 桜並木に想いを馳せて




「もう桜の季節か…」



一昨日、わたしは4人部屋からひとり部屋へと病室を移ってきた。


こっちの病室は川沿いに面しているため、

河川敷と並行して植えられている桜並木を眺めることができる。



菜乃なのちゃん、××ちゃんが来たわよ」


いつも担当してくれている看護師さんが声をかけてくれる。



コンコン、とノックの音がして××が入ってきた。



「おはよう、菜乃。」

綺麗な長い黒髪がサラっと揺れる。



「おはよう、××。見て!桜が満開!」

窓の外を指さして××を手招きする。



「すごい。特等席だね。」

こちらに駆け寄ってきた××がふわっと微笑んだ。



「退院できたら、ピクニックでもしようか。ワタシお弁当作るよ?」

「本当?じゃあ治療頑張らなくちゃね。」







…わたし、自然に返せてるかな?

ちゃんと笑えてるかな?


自分でももう気づいてるんだ。

残された時間が少ないって。







あれから1週間くらいたったかな。

春の嵐がきて桜はほとんど散ってしまった。


夜中に目が覚めて、ふとカーテンを開けて窓の外を眺めた。

川に無数の花びらが浮かんで桜のじゅうたんができている。


「散ってもきれい…」

なんて思ったのも束の間、激しい痛みに襲われた。







鼓動が速くなる。


「ナースコール…」


手を伸ばすことすらままならない。


ナースコールを取ることをあきらめて、

窓の外を見るために起こしていた体をベッドに戻した。


息が苦しい。


「そういえば、お母さん出張中だ。また迷惑かけちゃう…」


脂汗が吹き出てくる。


「わたし、最高に親不孝だな…」


息が苦しい。


「××は悲しむかな…」


意識が朦朧としてきた。


「やっぱりピクニックは行けないや…」


息が苦しい。


「××のこと、ひとりにしちゃうなあ…」


涙が零れた。


「わたしひとりじゃん…」








朝になったのかな。

目は開けられないけどなんだか部屋が明るい気がする。

もう痛みも感じなくなっていた。


辺りもなんだか騒々しい。


体は全く動かなくなってしまった。


あー。もう本当に終わりかな。


「菜乃!!!!!!!」


××の泣き叫ぶ声が聞こえて、本当に真っ暗になった。

























「パンケーキ作戦も、高台作戦もダメだったね。」

だれもいない部屋で透羽とわがぽつりと呟いた。


「食べ物やにおいが記憶を呼び起こすとはよく言うけどね。」

透羽ではない声が返事をする。


「やっぱり未波みなみは○○の存在を知らないのかな。私と××みたいな関係ではないのかもしれないね。」

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