30

這いつくばりながら手を伸ばすと、レミは母の手を払った。


そして棍を拾って直突き。


クレオはその突きを躱して掴むと、娘のことを見つめる。


レミは、実の母親のことを、まるで親の仇でも見るかのような形相で睨んでいる。


「僕は……戻らないッ!」


「このわからず屋がッ!」


声を張り上げ、掴んだ棍を引っ張ってレミの体を強引に自分へと引き寄せると、クレオは全身を回転させながらの上段蹴り――トルネード·キックを放った。


レミは防御が間に合わずにこれを受け、母が開けようとしている扉まで吹き飛ばされたがなんとか堪えてみせた。


すぐに態勢を立て直して再び棍を構えると、今度はインパクト·チェーンによる攻撃が始まった。


鞭のように放たれた鎖を棍で払いながら、レミはクレオとの距離を詰める。


横構えより対手の三日月、横本手打後に上段延ばし突きを凄まじい勢いで繰り出していく。


嵐のような激しい連続攻撃だったが、クレオはインパクト·チェーンを棍に巻き付け、レミの動きを止めた。


「なにがわからず屋だよ! 母さんは僕よりもチェーンが大事なんだろッ!」


レミが泣きそうな顔で叫んだ。


これまでずっとため込んでいた感情を爆発させた。


クレオはそんな娘に何も言い返すことなく、巻き付けたインパクト·チェーンで棍を粉砕。


だが、次の瞬間には目の前にいた娘が跳躍していた。


そのまま空中で素早く回転させながら軸足を中心にし、体をコマのように回転させながら相手にダメージを与えるスピンしながら回し蹴り――中国武術の旋風脚だ。


放たれた蹴りが母の顔面を吹き飛ばす。


これにはさすがのクレオも地面に倒され、レミはこちらを見上げている母にまたも叫ぶ。


「娘を殺し屋に育てて……これを父さんが知ったらどう感じると思うんだッ!」


顔面へ裏拳、裏打ちから側頭部に鉄鎚、肘打ち、手刀と繋ぎ、そこから足技――左と右と下段蹴りを放ち、左中段前蹴り、左中段膝蹴り、右上段膝蹴りをひたすら続ける。


クレオは娘が放つ自分の知らない連続技を、ただ受けていることしかできなかった。


一撃、二撃、三、四、五と捌こうとも、レミの動きは止まるどころか激しさを増すばかりだ。


逃げることも倒れることもできず、クレオはひたすら打たれ続ける。


「父さんがチェーンを僕と母さんにくれたのは……人を殺すためじゃないでしょッ!」


技を受け続けていると、クレオの右手首に巻いた鎖が輝き始める。


鎖は光を放ちながら球体のようなものとなって、目にも止まらぬ速さでレミの腹部へとめり込んだ。


体をくの字に曲げて宙へと浮いた娘に、クレオは腕にも戻したインパクト·チェーンを纏って胴体に右ストレート。


その一撃で、これまでのレミの優位さはすべて逆転された。


レミの優勢は誰がどう見ても明らかだった。


彼女は声を張り上げながらも止むことのない猛攻を続け、母クレオを技で圧倒していた。


それはたとえ格闘技の素人でもわかるものだった。


しかし、これは格闘技の試合ではない。


路上の喧嘩とも殺し屋同士の命の奪い合いでもない。


クレオにはどんな力さえも凌駕するインパクト·チェーンがあるのだ。


対抗できるのは、レミが先ほど敵である母から渡された、同じく父ヤイバ·ムラマサが造ったチェーンブレスレットだけだ。


扉に叩きつけられたレミは呻いている。


今の一撃はかなり効いたのだろう、意識こそ保っているが呼吸はかなり苦しそうだった。


「そうだとも……。お前の言う通り、これは人殺しの道具ではない。だからこそ、私が守らねばならないんだ……」


クレオは呟くようにそう言うと、ゆっくりとレミへと近づいてきた。


彼女の周囲には腕に巻き付けていたインパクト·チェーンが輝きながら舞っており、そのまま娘が寄りかかっている扉へと歩を進める。


レミに止めを刺すつもりなのか。


いや、違う。


彼女とのこれまでのやり取りから、クレオはレミは理解してくれないと判断した。


世界的な暗殺組織――ディスケ·ガウデーレのボスにして、インパクト·チェーンを扱えるクレオ·パンクハーストは、もう娘の力は借りずに一人で扉を開けようとしているのだ。


わかってもらえないのならそれでいい。


それでも遺跡にある超常的な力を手に入れる。


それが、自分に愛を教えてくれた人との約束――絆なのだと、クレオは母であることを捨て、女としての感情へと傾いた。


たとえ世界中を敵に回そうが、あの人との絆を切らせない。


そのためだったら母はおろか、人間すらやめてやる。


「お前やあの老人ら、中にいるという魔物ごときに、私の彼への想いを止められるものか」


クレオの周囲を舞っているインパクト·チェーンが、その輝きを増していく。


絶対零度の表情になった彼女はインパクト·チェーンの力を完全開放し、扉を破壊しようとしていた。


もはや誰もクレオを止められるとは思えなかったが――。


「なんだ……? ま、まさかッ!?」


呻いていたレミの右手首に巻き付いていたインパクト·チェーンが、母の鎖と呼応するように輝き出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る