26

――ギリシャはアテネにある屋敷では、一週間後に迫ったディスケ·ガウデーレとの決戦に向けて、調査隊のメンバーたちは体を仕上げていた。


初日こそ盛大なパーティーをしたが、その後は淡々と期日までに、各自が最高のパフォーマンスを発揮できるように鍛えている。


もちろんそれはレミも同じだった。


慣れない棍を握っての修行の日々にヘトヘトにはなってこそいたが、彼女は今の自分にこれまで感じたことのない充実感を覚えていた。


たった数週間と短い時間ではあっても、ユリにとっては生まれて初めて雑念なく物事に集中できた期間だ。


なぜこんなことになっているのかはともかく、今は調査隊の皆と共にインパクト·チェーンや遺跡にある物をめぐる戦いを見届けたい。


自分だって少しはレミの役に立ちたい。


体は辛くとも、何事も真剣にできなかったユリがここまで頑張れたのは、それらの想いからだった。


「だいぶ動けるようになったな」


「あッツナミさん。でしょ、これならみんなの足を引っ張らないよね」


現れたツナミに褒められ、ニカッと白い歯を見せたユリ。


ツナミはそんな彼女に呆れながらも、たしかに問題はないだろうと思っていた。


そして彼女の実力をより知るために試しに立合ってみるか、声をかける。


「えッ? でも、あたしじゃどうせツナミさんに勝てないよ」


「勝ち負けじゃない。動きはよくなったが、それが実戦で通じるかを試すんだよ。いうならばこれは、最終試験といったところだ」


「じゃあ、ツナミさんがダメだと思ったら……」


「日本へ送り返す」


ツナミはそう言うと、並べられた棍を手に取った。


棒や棍を使用する武術は、沖縄の琉球古武術において、主に六尺の棒を用いる武器術だ。


型の名称には一般に“○○の棍”という呼称が使われるが、操作法自体は棒術と言い棍術とは呼ばない。


中国武術においては棒ではなく中央が若干太い棍を使用し拳法の延長としての武器術である“棍術”と称されている。


世界各地に棒状の武器を使用する戦闘技法が過去に存在または伝来しており、それを日本では日本武術の棒術と類似するため棒術の語をあてた。


古くから棒術は宗教とかかわりがあり、祭礼で棒術に相当するものが古くから行われている。


棒は最も単純な武器の一つであり、その起源は古く、文献資料も剣術等に比べると少なく、よくわかっていないのが現状だ。


向かい合うユリとツナミ。


互いに棍を構えながら静かに試合が始まった。


ユリが教えられた棒術は基本的な防御の型のみというのもあり、彼女から仕掛けることはない。


あくまでユリが習った技は、自分の命を守るためのものだ。


ツナミの閃光のような貫突、前出突きが放たれ、続いて構えを上段へと変えて下段突き、上段突きと中、下、上とリズミカルな連続攻撃が続いた。


だがユリはこれを外受け、内受け、後退しながら下段受けで捌き、上段突きを流し受けで躱す。


数週間で覚えたにしては見事な動きで、ツナミの棍から身を守ってみせた。


「ひぃーッ! ツナミさんちょっと速すぎるってッ! そんなの当たったら死んじゃう!」


「まだまだ行くぞ」


その後も、ユリは情けない声を出しながらもツナミの攻撃に対応していた。


横打ち、裏打ち、逆打ちと休むことのない攻撃を四股受け立ち、引っ掛け受けと体を左右に回しながら受け、棍の中心部で受ける八双受けすら使いこなし、ツナミから一打も受けることなかった。


ツナミの攻撃は数十分間続いたが、息も絶え絶えながらもユリはすべてを捌くことに成功する。


「この辺でいいだろう。お前の実力はわかった」


「じゃあ、テストはクリアだね!」


「受けるたびに喚くのは問題だが、これなら自分の身くらいは守れるだろう。残りの期間は体をほぐすのに使い、十分に休息をとっておけ」


「やった! これで地獄から解放されるよ!」


日本に送り返されないと知ったユリは、これまでの努力もあってかなりのはしゃぎっぷりだった。


余程嬉しかったのだろう。


持っていた棍を風車のように振り回して、その場でひとり踊っている。


「地獄から解放されるか……。本当の地獄はこれからだがな……」


「うん? なんか言った?」


「なんでもない。それよりも棍で遊ぶな。お前のせいで他の者たちまで真似し始めているだろう」


ツナミの言う通り、調査隊のメンバーたちがユリの踊る姿を見て、彼女と同じく棍を風車のように回して舞っていた。


皆が着ている道着のような服のせいか、まるで中国武術の出し物のような光景だ。


ツナミはそんな彼ら彼女らに注意すると、その場から去ろうとした。


だが、そんな彼のことをユリが呼び止める。


「ねえ、ツナミさん。どこへ行くの? 一緒にやろうよ」


「やるかバカッ! それよりも、そんなことで体力を使ってないで休んでろ!」


「なんだよ、民族舞踊はやるくせにぃ……」


「棍で遊ぶのと民族舞踊は違うだろッ!」


声を張り上げてブツブツ文句を言ったユリに怒るツナミ。


そんな二人を見て、周囲にいた調査隊のメンバーたちが楽しそうに笑っていた。


きっとツナミが誰かと感情的になって会話しているのがめずらしいのだろう。


顔を赤くして怒る彼を見て、皆が嬉しそうだ。


「同じダンスじゃないの、いいじゃない。あッ、もしかして綺麗に棍を回せないから嫉妬してるとか?」


「そんなわけあるかッ!」


「じゃあやってみせてよ。さあ、あたしよりも上手く回せるならやってみて」


結局ツナミは、ユリや調査隊のメンバーたちと一緒に、棍を風車ように回して踊った。

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