12

その言葉を聞き、ユリはレミがクレオに殴りかかると思った。


だが、意外にもレミは落ち着いた様子で言い返す。


「嘘でしょ」


「フフフ、どうしてわかったんだ?」


意地の悪い顔で訊ねたクレオに、レミは説明を始めた。


母は、昔から人が一番想像したくないことを言ってからかうのが好きだった。


それに本当に皆殺しにしているのなら、クレオの性格的にもっともったいつけて言うはずだ。


そう口にしたレミの顔からは、母と顔を合わせたときからあった緊張感が抜けていた。


おそらくスキヤキやツナミたちが生きていることを知って安心したのだろう。


普段ほどゆるんではいないが、ユリのよく知るレミの顔に戻っていた。


「到着までまだ時間がある。二人とも、少し眠るといい」


クレオは娘に嘘が見破られたことを自嘲しながら、座席から腰を上げた。


再びレミの顔に緊張感が戻ると、クレオはそんな娘に言う。


「着いたら食事の前に汗を流すか? まだ眠いようならお前の自室で休め、部屋はお前が去ったときからそのままだ。改まった話は、そうだな。夜……夕食のときにしよう」


――それから数時間後。


インドから出発したレミたちを乗せたプライベートジェットは、トルコのイスタンブール空港へと到着。


いくらプライベートジェットでも好き勝手に飛んでいるわけではない。


空港を利用するにも許可が必要で運航予定も提出しなければならない。


当然外国に入国するなら審査も受けるし、自由に出入りしているわけではないのだ。


だが制度的にはそれが正解なのだが、実際はゆるい。


何もチェックされないところがけっこうあり、税関でパスポートにハンコを押されるだけ(ハンコすらもないところもある)で、並ぶことなどなかった。


これがディスケ·ガウデーレが根回ししているからなのかはわからないが、ともかくレミたちはイスタンブールへと入り、そこから迎えに来ていた車で移動。


レミにとっては数年ぶりとなる我が家へと戻った。


車から降り、まるで宮殿のような家の庭にレミたちが足を踏み入れると、そこには黒ずくめの集団が彼女たちを出迎えた。


格好からしてクレオの部下――暗殺組織ディスケ·ガウデーレのメンバーであろう。


「私の娘が帰ってきた。今夜はパーティーだ。皆も楽しんでくれ」


クレオが黒ずくめの集団にそう声をかけると、全員が一斉にその頭を下げた。


それから庭を抜けて門を抜けると、そこには庭園があった。


ヨーロッパとアジアの文化が入り混じったオブジェが見え、それがまるで優れた絵画のようにバランスよく飾られている。


中には日本を代表する花――桜が見え、ディスケ·ガウデーレの面々が人種のるつぼ――多種多様な民族が混在しているのと同じで、異なる文化が共存している光景だ。


ユリはそんな庭園を見て、素直に美しいと思った。


そしてレミがここで生まれ、育ったのだと考えると、彼女の持つ多国籍な雰囲気も頷けると、内心でごちていた。


「パーティーは夜からだ。それまでに準備を頼む。それと、娘が初めて友人を連れてきたんだ。失礼のないよう丁重に扱うように」


クレオの言葉で、黒ずくめの集団は再び頭を下げた。


ユリはなんだか貴族の家にでも招かれた気分だったが、浮かれてはいられない。


ここは暗殺組織のアジトなのだ。


そう思うと、嫌でも体が強張る。


それからユリは、レミの部屋へと彼女と一緒に移動した。


夕食まで自室で休むようにとのことだ。


「ここがレミの部屋か……」


レミの部屋には壁一面に棚があり、それはすべて分厚い本だった。


それを一つ手に取って開いてみるが、ユリには馴染みのない言語で書かれていてとても読めなかった。


室内にある家具はパソコンを繋げるための大型ディスプレイとノートパソコンがあるのみで、他にはベットとソファー、それと勉強するためのものだろうデスクがあるだけだった。


片付いているというよりは物が少ないと言ったほうがいい部屋だ。


プライベートジェット内で聞いたクレオの言葉からするに、レミはこの大型ディスプレイで日本のアニメを観ていたのだろうと推測できる。


「あんたのお母さんって優しそうだけど、実際はどうなの? ……あたしたち、殺されちゃう?」


ソファーに腰を下ろし、レミと二人きりになったのもあってユリが訊ねた。


彼女がずっと不安だったのだろうことを口にすると、レミはベットにバタンを倒れてうつぶせの姿勢のまま答える。


「目をそらさずに黙って「うんうん」頷いていれば大丈夫……。昔からそうしてれば怒られないよ」


「家を出たのはいくつのとき?」


「十五か十六歳くらいだったかな。その頃にはスキヤキ先生たちとは知り合っていたから、助けてもらって……。それからずっと行ってみたかった日本へ連れていってもらった」


「それって、やっぱりお父さんが日本人だったから?」


ユリはソファーから立ち上がり、ベットでうつぶせになっているレミの傍へと近づいた。


そんなユリに気がついたレミは、手を伸ばして強引にベットへと引きずり込む。


「うわぁッ!?」と声をあげたユリと重なり合い、レミは子供のような笑顔を彼女に見せた。


「それもあるけど、やっぱりアニメが一番の理由かな。あと、日本は治安がいいって聞いてたし。のんびり暮らせるかな~って思ってさ。……ダメ人間だよね、僕って」


「いいじゃん、それがあんたがしたいことだったんだから」


ユリはレミと体を重ねながらそう言うと、彼女に笑みを返した。

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