白銀の世界、彼方に見据えるモノ


屋敷での1件を終えて

ボクは雪の国に訪れていた


整備された綺麗な道路

立ち並ぶ商店の数々


朝も夜も変わることの無い

活気に満ち溢れた人間の街


ふと空を見上げれば

舞い落ちる白くて冷たい雪の粒

地上は純白のベールに覆われていて

その上には、無数の足跡が続いている。


「くわー!

今日はいちだんと寒いな!」


そうやって

気さくに話しかけてきたのは

ここまでボクを乗せて運んできた


運転手の男だ


ボクが乗っているのは

なんでも、最近出来た技術で

自走が可能な荷車のようなモノだ。


「——だというのに、この街は

どこまでも元気で美しいね」


「おお……そいつはぁ、その

故郷を褒められて嬉しいが


アンタ寒くないのかい?」


おっと、しまった


ボクたち吸血種は寒さや暑さを

あんまり感じないからね


種族を偽装するために

着込んではいるけれど


体感できないものは

どうしようもない


「痩せ我慢をしているのさ」


「あぁ、いやすまんね

そういうのには疎いんだ

勉強させてもらうよ、お客さん」


この手のすれ違いは

人間社会に溶け込むのなら

必ず起きることだから

対応には慣れている


つい景色に見惚れて

話を聞いていなかった


そうか

人間にとって今日は

そんなに寒い日だったか。


体感できないものを

表現するのは難しい


「ところで、レディ

何処から来たんだ?


この時期の旅行者は、まぁ

そんなに珍しい訳じゃないが


……いや、何聞いてるんだろうな

すまん忘れてくれ、失礼だったな」


「なに、大丈夫」


少し、怪しまれたか

まったく人間という生き物は

自分と違う物に対する感覚が鋭い


彼らは仲間では無いものを

見つけ出すのが異様に上手い

臆病だからね、人間は


それ故に

身を守る術に長けている


やはり、ボクたち吸血種は

この社会における邪魔者か


時代遅れの死に損ない

決して馴染めない異物


違う生き物が故に

乱すことしか出来なくて

共通の目的を持つ事もない


今や吸血種なんて生き物は

この世でも数える程しか居ない。


ボクたちは絶滅危惧種

いやむしろ、この期に及んで

生き残ってしまった生き物だ



この地上はとっくの昔に

人間が支配している


彼らは数多くの文化を持ち

技術を発展させ、個と個が結び付き

社会を形成して逞しく生きている。


それは弱いからだ

1人では何も出来ないからだ

欠点を補うために彼らは集まる


しかしその結果

個人の力では決して

成し得ない事をしてのける。


ならば


ならば吸血種はどうか?

ボクらは人間……いや恐らく

この世の何よりも強いはずだ


しかし


この世の物事というのは

上手く出来ているものだ


個として強すぎる我々は

数を増やすことが難しい生態をしている


そもそも、たった1人でも

何も困ることは無いのだ


故に、人間のように集まったり

力を合わせる必要が全くない


それはつまり

文化や技術が発展しない、という事だ。


かつてはそれでも良かった


古の時代、そこでは

人間達が今ほど力を持たず

地上を支配しておらず


他にも強力な生き物がいて

地上にはそれらが溢れていた。


しかし

そんな強い生き物達は

同族間で殺しあったり


他種族と戦争をしたりで

互いの足を引っ張り合い


やがて、訪れた大寒波によって

その数を一気に減らす事になる。


生き残るための蓄えを

何ひとつ持ってなかったからだ

ただ1つの種族、人間を除いて。


弱いが故に戦いを避け

臆病者と蔑まれたとしても

生き残るための準備と努力を


常日頃から人間達はしていたのだ

何故ならすぐ死んでしまうからだ

備えがあった者とそうでない者


双方が辿った結末は

もはや言うまでもないだろう。


滅んだ、全てだ

竜も妖精も魔族も

皆まとめて餓死だ


要するにボクたちは

その時に滅び損なった種族だ


寒さにも暑さにも強く

食料も必要にはならない

血だって生きるのに必須

という訳じゃない


寿命も無ければ殺される事も

ひとつの例外を除いて、ありはしない


その結果


力のない不自由な身ゆえ

己の欲求を満たすのに貪欲で

なおかつ生き残るのに長けていて


オマケに数が多い人間が

支配者の居なくなった地上を

少しづつ己のものとしていった。


瞬く間に世界は

人間の物になった


そんな人間社会に

混ざった異物がボクたちだ


吸血種には協調性がない

共通の目的がない

徒党を組まない


自分よりも弱い生物である

人間を滅ぼして支配者の座を

奪い取るなんて気もない


しかし

平和主義者でもないから

己の欲求を力で叶える


人間達に目をつけられ

敵と見なされるのは早かった

当然、戦えば負ける事はない


吸血種にとって人間は

視界の端に映る石ころ程度の存在

簡単に言えば、侮っていたのだ。


……それが災いした


死なず殺されず

途方もなく強い吸血種


確かに人間は弱いし

生きることに必死だ


けれど

ボクたちは分かっていなかった

彼らが弱いだけの生き物では無い事を


反撃の牙は

年月と共に磨かれていった

やられるだけではなかったのだ


彼らは見つけた

我々を殺すのではなく

封じ込める為の方法を


彼らは


自分たちの社会に入り込んだ

邪魔者を排除するために


犠牲を出しながらも

確実に勝利を収めて行った


それが今から大体

500年ほど前のこと


今に至るまでで

ボクたちは大分数を減らした


残っているのは

昨日ボクが倒したあの男のように


知恵を働かせて上手いこと

人間の中に紛れ込んだり


人の手が届かない

過酷な環境下に居を構え

ひっそりと生きている連中だけだ


ボクのように

あるいは——


「——お客さん!到着したよ!」


「ありがとう、お代だよ」

「……なんか多くないか」


「お話してくれたお礼さ

ほんの少しだけでも

贅沢をしてくれ」


「はっはっはっは!

気前のいいお客さんだな

有難く受け取っておくよ


気をつけてな」


気をつけてな


その言葉に返事はしなかった

なにせ、気をつけるも何も


ボクはこれから

死地へ飛び込むのだから。


現在、この世界に生きている

吸血種は大きく分けて2種類


人間の社会に溶け込み

上手いこと生きている者


そして人目につかない場所

人間が入り込む事が出来ない

地獄のような環境に身を潜める者


ボクがわざわざ

この国に来たのは

目的を達成するため


すなわち


「……隠れているのだろう

今、ボクが会いに行くぞ」


ボクは

遥か彼方にそびえる

悪名高き死の山を見据え


1人、そう呟くのだった


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