第30話 航空主兵の証明

 

 昭和十六年十二月八日


 第一航空戦隊を中心とした日本海軍空母機動部隊は、アメリカ領ハワイ島真珠湾基地に奇襲攻撃を仕掛け、真珠湾基地に駐留するアメリカ主力戦艦を爆撃・雷撃し、これらを行動不能にした。


 この一報を隆は南方の海で聞いた。


 既に陸軍の奇襲上陸部隊はマレー半島コタバルに上陸し、イギリス領シンガポールに向けて進軍を開始している。

 懸案であったアメリカ艦隊を早期に撃滅できたことで、隆はこの戦争の先行きに明るさを感じた。


 だが、南方に派遣された第二艦隊にはこの後決死の戦いが待っている。

 アメリカ太平洋艦隊がハワイ島を根拠地としてたように、シンガポールにはイギリス東洋艦隊が居る。特に戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は竣工間もない最新鋭艦で、まともにやり合えば日本もただでは済まない。

 また、陸軍の兵を乗せた輸送艦はマレー半島各地に分散している。これらの輸送船団をイギリス艦隊に攻撃されれば、陸軍はひとたまりもない。


 そうした情勢下で、一刻も早くイギリス艦隊を発見することは南方部隊に与えられた至上任務だった。

 だが、肝心のイギリス艦隊が一向に発見できない。


 他の巡洋艦と同じく多景も水上偵察機を出してイギリス艦隊の動向を探らせているが、敵艦見ゆとの報は一向に入らない。

 陸軍を乗せた輸送船はイギリス航空機の攻撃は受けているものの、その規模は日本の航空戦力に比べて明らかに少なく、マレー半島の制空権は日本が握っていると言って良かった。


「このままでは順調に上陸が完了してしまいそうですね」

「ああ……イギリスは何をやっておるのだろうなぁ」


 隆の言葉に蒲生も不可解だという顔をする。


 イギリスにとってシンガポールはアジア地域の要だ。ここを失えば、イギリスは太平洋に艦隊を送ることが難しくなる。にも拘らず、イギリスから碌な反撃も受けずに順調に作戦が進行していることに一種の薄気味悪さを感じていた。


 結局この日は敵艦隊も出て来ず、第一次上陸作戦は無事に完了した。

 巡洋艦多景も船団護衛任務を終え、カムラン湾に戻って燃料の補給を受けた。



 隆が敵艦隊発見の報に接したのは、翌九日も夕刻になってからだ。

 潜水艦からの報告により、第二艦隊司令官の命令に従って多景もシンガポール方面に針路を取った。既に陸軍はマレー半島に上陸しており、イギリスに制海権を奪われればそれらの陸軍兵が干上がってしまう。

 海軍としては、何としても勝たねばならなかった。


 夜間にも各種航空機によって索敵が続いたが、夜間に加えて悪天候が重なりこの日の攻撃は断念せざるを得なかった。


 そして十二月十日

 陸軍の航空機によってイギリスの主力戦艦二隻が発見され、ただちに航空攻撃が開始された。連絡を受けて多景も旗下の駆逐艦と共に現場に向かった。

 今回のイギリス艦隊への攻撃は航空兵力主体で行うと決まっていたが、航空攻撃で戦艦が沈むかどうかはまだ分からない。その為、航空攻撃で討てなかった場合は駆逐戦隊の魚雷攻撃によって敵艦を沈める手筈になっている。


 ――果たして、航空機で本当に戦艦を討ち取れるのか


 隆は手にじっとりと汗をかいていた。

 航空戦隊が手痛い反撃に遭えば、南方作戦は大幅な修正を余儀なくされる。その場合、劣勢の中で海戦を行うしかない。この多景も沈没の憂き目に遭うだろう。

 果たして生きて帰れるか。その不安が喉の奥をヒリつかせる。


 誰も彼もが押し黙る中、突然艦橋に通信兵が駆け込んで来た。通信兵は蒲生に向かって大声で報告する。


「報告します! 陸軍の九六式陸攻、並びに一式陸攻の攻撃により、戦艦レパルス並びに戦艦プリンス・オブ・ウェールズを撃沈しました!」

「何だと!?」


 思わず蒲生が通信兵に叫ぶ。隣で聞いていた隆も信じられない思いだった。


「もう一度言え!」

「ハッ! イギリス戦艦レパルス並びにプリンス・オブ・ウェールズを我が方の航空機が撃沈しました!」


 艦橋は歓声に湧いた。

『戦艦は航空攻撃では沈まない』という世界の海軍の常識を、たった今日本が打ち破った。

 未だ大艦巨砲主義が主流の世の中にあって、いち早く航空兵力の有用性に着目し、空母機動部隊を作り上げて来た山本の苦心が今こそ実ったのだ。


 隆も思わず拳を握った。

 先の真珠湾攻撃と合わせ、日本は二度に渡って航空機で戦艦を撃沈した。しかも今回は港に停泊中の艦艇では無く、航行中の戦艦を沈めたのだ。

 航空兵力が艦隊制圧能力を有することの証明であり、戦闘機を用いればアメリカの艦隊とも互角に戦っていけることが証明された。


 続けてもう一人の通信兵が艦橋へと駆け込んで来る。


「報告します! 艦隊司令より入電! 全艦、帰投せよ! 以上です!」


 未だ興奮冷めやらぬ多景の艦橋で、蒲生は静かに帽子を脱いだ。続けて深く息を吐いた蒲生は、自分の髪をひとなでしてから再び帽子をかぶり直す。

 その顔には、心からの安堵が浮かんでいた。


「勝ったな」

「はい」


 これで南シナ海の制海権は取った。アメリカも太平洋艦隊を喪失し、当面は西太平洋に進出するのが難しくなるだろう。南方の油田を得られれば、戦果としても申し分ない。

 後は、この戦争をどう収めるかだけだ。


 蒲生は背筋を伸ばすと、周囲に宣言した。


「これよりカムラン湾へ帰投する。針路を北に取れ」

「ハッ!」


 蒲生の命令を受けて隆は僚艦への連絡と北への転進を指示した。


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