第2話 旅のともは銀髪弟

 ガタン!

 と、馬車が大きく揺れた。

 狭い客車の座席で、わたしは身じろぎした。


 ここはお世辞にも居心地が良いとはいえない。いや、悪いのは乗り心地のせいじゃない。 

 原因は、わたしの斜め向かいに座っている、奴だ。

 重苦しい沈黙の中を走り続けて、もう数時間になる。

 乗客は二人だけだ。


 つまりわたしと、マッシュボブの髪型をした銀髪の少年……ルイだ。一つ年下の、弟になる。

 頭は良い。運動神経もいい。母性本能をくすぐるような甘い目鼻立ちをしていて、顔もいい。


 ──ただし、口は悪い。


「ジロジロ見るな、バカ姉」


 ほら、聞いたでしょ?

 外見は非の打ち所のない美少年なのに、口を開けば毒矢が飛び出してくる。 

 絶対に騙されてはいけない。

 その内面は血に飢えたオオカミ……いや悪魔なのだ!


「誰がバカ姉よっ!」


 わたしは猛然と言い返す。

 せっかく夢の追放生活が始まったというのに、ルイが同行するだなんて聞いていない。 

 びしっ、と鼻先に指を突きつけて、問い詰める。


「どうしてあなたが、わたしのハッピーな追放ライフに同行するわけ!?」

「母上の言いつけだけど、何か文句でも?」

「は……母がっ!?」


 わたしは思わずたじろいだ。

 その隙を見逃さずに、ルイは憎らしい口調で追い打ちをかけてくる。


「世間知らずの温室育ちは何をしでかすか分からないので、ボクが同行するように、と」 

「そ、外の世界なら知っているわよ!本で読んだものっ!」

「本、ね」


 ルイはわざとらしくため息をついた。バカ姉はこれだから困る、と言わんばかりだ。


「わたしはひとりで大丈夫よっ。あなたは帰りなさい!」

「苦情があるなら母上にどうぞ。あと、伝言がある」

「伝言?」


 わたしは思わず身構えた。

 母からの伝言だなんて、一体どんな内容が飛び出してくるのだろう?

 ルイは姿勢を正すと、ぞんざいな口調をがらりと変えた。サファイアのように深い碧色の瞳を、わたしに向ける。


「──レナ・アーデルハイト。運命に打ち勝ち、無事に帰郷することを望む」

「……は?」

「あと、その日がくるまで、決して口づけを交わさないこと」

「く、くくくちづけっ!?」


 わたしの頬は、たちまち紅潮した。

 な、なにをいきなり言い出すのよ、この弟はっ!?

 口づけってその、あれでしょ? 意中の男性と唇を……って、もう真っ昼間から何を妄想させるよっ!


 わたしは恥じらって、両手で顔を覆う。

 馬車が大きく揺れたのは、その時だった。

 わたしは顔を上げて、車窓を見る。

 理由はすぐに分かった。目的地に到着したのだ。


「わあ……!」


 つい数秒前まで渦巻いていた妄想は、外の景色を前にして蒸発してしまった。

 目に飛び込んできたのは整然とした、素敵な街並みだった。たちまち胸が高鳴った。

 早く外に出て、散策してみたい!

 わたしは喜び勇んで外に出る。その腕を、ルイが掴んだ。


「待った!」

「なにっ!?」

「バカ姉、ここから先は人の世界だ」


 手を振り払うと、わたしは気色ばんだ。 


「知ってるわよ!それがなんなのよっ」

「ここからは、軽率な行動は慎むこと。特に──審問官には、注意すること!」

「シンモンカン?」


 わたしは眉をよせた。

 シンモンカンって、チンプンカンと似てるわよね?何か関係があるのかしら。

 って、違う違う!!つい変な妄想をしてしまった。

 しばらくの間、客車の天井に視線をさまよわさせて、ハッとわたしは手を叩いた。


「シンモン官……そう審問官ね! 知っているわよ!?」

「完全に、忘れてたよな?」

「ほ、ほら、会ったこともない神さまの名の下に、善良な魔女を駆逐する悪人でしょ!? 合ってるでしょ!」

「大きい意味では間違っていないけど……。って、まだ話は終わってないぞ!」

「うじうじ心配したって始まらない! 前進あるのみよっ」

「その根拠のない前向き思考は、どこから湧いてくる!?」


 石橋を叩いて渡るような生き方、わたしの主義じゃない。でも、当たって砕けることの方が多いけれど。

 細かいことは考えないことにして、わたしは客車の扉を開ける。

 そこは石畳の敷かれた広場だった。 


 自由への記念すべき第一歩を踏み出して、目を輝かせながら見回す。この街は、アーデルハイトの館があるど田舎とはぜんぜん違う。

 建物の大半は四階建で、屋根にはオレンジ色の瓦が並んでいた。外壁はどれも白亜の石造りだ。


 なんてオシャレな街並みなんだろう!

 わたしは目を輝かせて、ルイを振り返った。


「いい街ね! ここはどこなの?」

「──アルビオ。古都アルビオだ」


 トランクケースを下ろしながら、ルイは呆れたような声で返してくる。

 アルビオ、ね。この街なら、わたしの王子さまがいるような気がする。

 ううん、絶対にいる! 

 新たな出会いの予感に、わたしの心は躍った。

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