35――男バスの応援と決勝戦開始


 2回戦からはシードであるオレ達の学校も、普通に試合がある。


 さて、地区大会では楽勝と言ってもいいくらい快勝だったけど、果たして県大会ではどうなるのか。


 そんな気持ちでワクワクしながらベンチで応援していると、さすが県大会ともなると全体的にプレイのレベルが上がっているのがわかる。けれども多少レベルが上がったところで全国大会出場レベルの実力があるウチのチームには通用せず、危なげなく勝利を重ねて行った。


 土曜日に1試合目、日曜日の2試合目の後にはもう決勝戦だ。オレ達の2試合目の後にちょうど男バスの試合が行われるということで、同級生や先輩達も誘って応援に行った。イチは昨日オレに応援して欲しいと言っていたが女子になりたてのオレよりも、生粋の女子からの声援の方が本当は嬉しいだろう。男の野太い声は嫌だって言っていたからな、元男のオレもどちらかというとそっちのカテゴリに入るだろうし。


 『せーのっ!』と合図して『頑張れー!!』とみんなで応援すると、男子達の動きが目に見えてやる気に満ちるのがわかったが、何故か相手チームもやる気を出してきた。自分達が応援されたと思ったのかな。相手が奮起したら応援どころか足を引っ張っているのと一緒なので、声援の前に校名を付けるようにした。


 オレ達の声援が効いたのか実力なのか、イチ達も無事に決勝にコマを進めた。あいつ、オレが女子を連れてきたのが嬉しかったのかハイタッチを求めるフリして、また抱きついてこようとしやがった。汗だくの状態のイチに抱きつかれるなんて、なんの罰ゲームだ。オレはヒラリとイチの腕をかわして、なんとか汗を擦り付けられずに済んだ。なんか羨ましそうにこっちを見ている女子の視線を感じたから、あっちに抱きつけよと言いたい。


 でもイチのヤツはチキンだからな。本物の女子に抱きつくのが恥ずかしいからオレの方に来たんだろうけど、そうやって逃げてばかりじゃ彼女なんてできないぞ。彼女を作ればその子と好きなだけイチャイチャできるんだから、自分に好意的な女の子と試しに付き合ってみればいいのに。ゼロから関係を作るよりは、難易度は全然低いんじゃないだろうか。


 男と手をつないだり抱き合ったりするのは出来れば遠慮したいが、イチが女の子と自然に接する事ができるようにオレが慣れさせてやった方がいいのかもしれないな。幸いなのか不幸なのか、今のオレはちょうど女子の身体な訳だし。親友だしな、手をつなぐぐらいは許してやろうかね。


 そんなことを考えているといよいよ決勝戦の開始時間が近づいていたので、試合が行われるコートへと向かう。オレ達が男バスの応援に行っている間に行われた準決勝第2試合は、どうやら下馬評通りに瞳さんが所属する俊英高校が決勝進出を決めたらしい。それはいいのだが、どこか監督や部長の顔色が暗い感じがしたのがちょっと引っかかった。


「何かあったんですか?」


「ちょっとな、決勝戦は厳しい戦いになりそうでね」


 監督はため息をついてから、冗談っぽく肩をすくめた。隣にいた部長は、他の部員達に指示を出すためにその場から離れていく。


「そう言えば監督達は準決勝の偵察に行ってたんですよね、勝った学校ってそんなに圧倒的だったんですか?」


「コーチにこれまでとは別の人が入ったらしく、動きが効率化されていて無駄もない。その代わり派手さもないが、いつの間にか点差が開いて負けていたように対戦校の子達は思ったんじゃないか?」


 決勝戦だし厳しい戦いになるのは当たり前のことだが、と付け足す監督。今年はいくつかの隠し玉を使わずに全国へ行けると思ったら、総力戦になりそうだからちょっとガッカリしている感じなのかね。公式戦ってそういうものだし、先のことよりも目の前の試合に勝つために前向きに頑張るしかないと思うけどな。


 大事に隠し玉を隠したまま負けたら、それこそ取り返しがつかないだろう。っと、ちょっと待てよ。この話の流れ、もしかしたらオレも試合に出してもらえるのでは?


「そんな訳で、後でみんなにも説明するが方針は転換だ。持てる手はすべて使って勝って全国への切符を掴む、河嶋も初試合で緊張するだろうが実力を十全に発揮してくれ」


「わかりました、頑張ります!」


「まぁ温存できそうなら、河嶋の出番はインターハイまでお預けだけどな」


 最後にからかうように言って、監督はオレの背をポンと叩いて部員達が集合している場所へ行くように促した。監督と何を話していたのかとまゆに聞かれたが、決勝の相手が強いみたいって話をしたらまゆの目の色が変わった。すごくやる気に満ちていて、少年漫画によく出てくるバトル大好きな戦闘民族みたいだなと思った。


 レギュラーと控えメンバーでシュート練習をしていると、大きなブザーが鳴ったのでそれを合図にしてベンチに戻る。オレ達がいなくなったコートにはモップ掛け担当の子達が、急ぎつつも丁寧にコートを磨いていた。汗で床が濡れていたりすると、滑って転んで怪我するかもしれないからな。


 小さなボードを持った監督の前にレギュラー陣を中心に、その後ろに控えのオレ達が座る。動きと作戦の確認をして、最後に監督がコホンと咳払いした後で話し始めた。


「去年と同じ相手との決勝戦だが、今年の彼女達は今までより手強いようだ。攻めは精密、守りは強固。カウンターを受ければその速度に驚くことだろう」


 手放しで相手を褒める監督に、怪訝そうな表情を浮かべる選手達。もちろんそれだけでは終わらないのか、監督は続いて言葉を紡ぐ。


「けれど、私達だって何度も全国に出場している強豪校だ。攻守共にタレントが揃っているし、負ける要素はない。ただ確実に勝てるように、メンバーチェンジは随時タイミングを見計らって行っていく。控えメンバーもこの機会にバンバン試合に出していくから、レギュラー昇格へのいいアピールチャンスだと思うように!」


 控えメンバーは自分こそがレギュラーになるために、そしてレギュラーは自分が今いるポジションを死守するために、ギラリと目に炎が宿る。監督から檄を飛ばされたいつものスターティングメンバーが、コート上の自分がいるべき定位置につく。センターサークルには部長と相手校のジャンパーが審判から何やら声を掛けられていた。


 ブ―、と先ほどと同じブザーが鳴って、審判の手から垂直にボールが天井に向かって上がる。部長達が同時にジャンプして、いよいよ県大会の決勝戦が始まったのだった。

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