27――恋バナとシタゴコロ


 ミーティングの後は夕食を食べてから部屋に戻る。


 本来なら就寝までは自由時間なのだがまだまだ1年生の事もよく知らない2・3年生も多いため、親睦を深めようと部員全員で自己紹介をすることになった。


 オレは部長や監督からの指示を同級生に伝える伝書鳩的な役目をしているから、大体の先輩達には顔は知られている。でも初心者組なんかは別メニューに回されることが多いから、なかなか接点がないだろうからいい機会だ。


 1年生から順番にと勧められたのだが、誰も一番手に立候補しない。『アンタがやりなさいよ』『そんな事言うならそっちがやりなよ』と視線で押し付け合っているのがわかって、オレはため息をついた。さてどうするかと思っていたら、監督と部長から圧の強い視線が飛んできた。『お前が行け』という、有無を言わせない感じの念がこもっているように思う。


 あんまりでしゃばって目立ちたくないな。井村がやってたみたいに女子って出た杭を打つ感じで、目立つヤツに反感持つみたいだし。


「じゃあ、私から」


 それでも上位者には逆らわない方がいいと諦めのため息をつきながら、『はい』と手を挙げて立ち上がった。同級生達のホッとした表情が印象的だ、どうせやらなきゃいけないんだから早めに済ませておけばいいのに。後で聞いてみたらトップバッターだけは絶対に拒否するんだって。最初はテンプレートもない状況だから、何をどこまで言ったらいいのかよくわからないんだとか。


 元男のオレにはまったくもってわからない考え方だけど、他の子達も頷いていたからそういうものなのだろう。


 名前と通っていた中学校の校名、バスケを始めたきっかけなど大体の人が自己紹介で話すような、ありきたりな情報を口にした。すると先輩達から『つまらない』と一斉にブーイングが起こる。というか、自己紹介に面白さを求める方が間違ってるでしょ。


「カレシはいるのー?」


「……いないです」


 確か2年生の先輩だったか、楽しそうに茶々を入れてきた。あまりに突然過ぎる質問にオレは呆れてしまって、ちょっとだけ間が空いてしまったけれど、なんとか答える。


「あやしー! 今の間はカレシがいる人が誤魔化そうとする時の間の空き方だよ」


「……もしかしてイチ君?」


「あー、確かに。今日も河嶋さんのことを応援してたもんね」


 なんか否定する間もなく勝手に事実みたいに言われているが、そんなことがある訳ないだろうに。先輩達は妄想を口にして盛り上がっていたが、オレがスンとした表情で恥ずかしがったり怒ったりしていないのを見てからかい甲斐がないと思ったのか、徐々に波が引いていくように静かになった。


「あの、本当にイチ君とは付き合ってないの?」


 さっきショックを受けたように呟いていた先輩が、真剣な表情でオレに問い掛けてきた。そう言えばまゆがさっき、イチが意外と女子に人気があるって言ってたもんな。この先輩ももしかしたら、イチのことが好きなのかもしれない。だとしたらライバルが登場したのかと不安なのもわかるから、はっきりと断言しておいてあげよう。


「はい、付き合っていません。イチ先輩は従兄弟のお兄ちゃんの友達で、バスケを教えてくれた先生です」


 あまりにオレがきっぱりと言うものだから、先輩は一瞬驚いた表情を浮かべてからホッとした表情を浮かべた。周りの先輩達が『良かったね』とか『さっさと告白しろ』とかその先輩を囃し立てて、先輩も嬉しそうな表情だったのがどこか印象的だった。


 しかしまゆが言ってたように、イチのヤツがいつの間にかモテてるのがなんか不思議な気分だ。それと同時にイチのキャラが変わった原因がオレの失踪だったのを考えると、少し罪悪感に苛まれてしまう。もうちょっと優しくしてやるべきか、なんか最近のイチはオレと話す時にちょっとカッコつけてる気がするんだよな。


 何にしてもカッコつけてる時のイチのドヤ顔が気持ち悪いので、とっとと元のイチに戻って欲しい。本当に、切にそう思っている。






「河嶋さん、そんな重いの持たなくていいよ。俺が持つから」


 キャンプファイヤーのための薪を倉庫から持っていこうと両手でよいしょと抱えると、いつの間にか隣にいた男バスの同級生がそれをそっとオレの腕から取り上げた。さっきから数人の男子に同じ事をされているのだが、オレのことは放っておいていいからお前らは自分の分をさっさと運べよ。そう文句を言いたいのをグッとこらえて、作り笑いで『ありがとう』とお礼を言った。頬が引きつっているのが自分でもわかるが、何故かそんな笑顔でも彼らは嬉しそうにする。それがまた理解できずにモヤモヤしてしまった。


 昨日は全員の自己紹介を終えて、その後少しみんなで駄弁ってから眠りについた。なんだかんだ合宿でキツいメニューをこなしているし、おやすみ三秒とまでは言わないが布団に入ると割りとすぐに全員が夢の世界へと旅立っていた。もちろん、オレもその中のひとりである。


 もはや2日目ともなると、目が覚めた瞬間にまゆの寝顔が目に入ってもそんなに驚かない。あくまで昨日に比べてであって、多少は驚くけどな。寝起きで目の前に美少女の顔があったら、そりゃ普通はびっくりするだろ。これですっぴんだっていうんだから、逆にそっちの方にびっくりするわ。


 朝の身繕いと朝食を終えたオレ達はウォームアップを済ませて、朝の練習をこなす。ヘトヘトになりながらなんとか終わらせて、疲れのせいで食欲はまったくないけど食べないと身体が持たないので必死に口の中に食事を詰め込む。


 長めのお昼休憩を取って、さて午後からはどんな練習をするのかなと思っていると、副部長から1年生は全員に集合するように声を掛けられた。全員って言ってもオレ含めてたった10人なんだけどな。


「申し訳ないけど、1年生のみんなには合宿の打ち上げ兼懇親会の準備をしてもらいます」


 そう副部長が言うと、一斉にみんなが面倒くさそうな表情を浮かべる。オレも面倒だと思う方に一票だけど、どうせやらなきゃいけないのだから諦めてさっさと終わらせた方がいいだろう。


「やってもらいたいのはキャンプファイヤーの準備。とは言っても長い木を使った木組みは終わらせてもらってるから、薪をうまく並べて枯れ枝や枯れ葉をその中に入れて、火が付きやすくしたりするの」


 やるべきことを説明して、副部長は指を2本立ててVサインする。なるほど、この作業はふたり必要なのか。一応他の作業の説明も聞いてみたが、夕食はBBQをするそうなので食材や飲み物を買い出しした後にセッティングするグループもあるらしい。


 買い出し班はやはり荷物も多いだろうから人数も多く、オレも誘われたけど黙々と薪を運んでた方が楽そうだったからそっちを選んだのだ。男子部の方が1年生部員が多いから8人が同じキャンプファイヤー班にいるのだが、さっきからひっきりなしに薪を奪われてそれをきっかけに話しかけてくるからちょっと鬱陶しい。


 もうひとりの女子にも同じように話し掛けているので、彼女からは男子達に冷たい視線が向けられている。あわよくばどちらかと仲良くなれれば、という下心が溢れ出てるんだよなぁ。意外とそういう邪な気持ちは女子に筒抜けだから、気をつけたほうがいいぞ。元男として忠告だ、口に出しては言えないけどな。

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