09――部長との1on1 前編
青いTシャツに黒のジャージを着て、白いバッシュを履く。肩より少し伸びた髪を左右で緩く髪ゴムで結んで、髪が邪魔にならないようにした。
「……よしっ」
頬を軽くピシャリと叩いて、部室から出た。今更だけど仮入部の1年生をひとりで部室に入れるとか、ちょっと防犯意識が足りてないのではと思ってしまう。ロッカーに入れている荷物はいいとして、外に出てるカバンにもし金目の物が入ってたらと思うとヒヤヒヤするな。別に盗む気はまったくないが、もしも帰り際に財布の紛失騒ぎとかあったらオレが一番に疑われるじゃん。
そんなことを考えながら体育館に戻ると、2面あるコートのうち女子バスケ部に割り当てられている側がガランとしている。コートの周りを見ると、座り込んで何かが始まるのを今か今かと待っている雰囲気だ。ちょっと待て、まさかオレと部長の1on1の見物を理由に休憩してるんじゃないだろうな。見世物じゃねぇぞ、マジで。
フン、とちょっと憤りながらコートに入ると、ゴール下からゆっくりとした動きでこちらに向かって歩いてくる人影がひとつ。って、デカいな。多分180センチはあるぞ、この人。
髪を後ろで結んでいるその人はオレの前まで来ると、余裕のあるゆっくりとした動きで右手を差し出した。
「部長の
「先輩のご期待に沿えるかどうかは、わからないですけどね」
女性に紳士的って言葉はおかしいかもしれないけど、見た目に反して柔らかい口調でびっくりした。この人が最初に思ったみたいな、自分の力を生意気な1年に見せつけてやろうみたいなことを考えるだろうか?
オレには全然見当もつかないけど、なんか考えがあるんだろうな。とりあえずルールを説明されたけど、部長はディフェンスのみ。5回中1本でもオレがゴールを決められたらオレの勝ちという、こちらに有利過ぎるルールだった。それでも勝てるという自信があるんだろうな、身長から見て部長のポジションはセンターだろうし。
とりあえず互いに位置について、オレが部長にボールをパスして部長からボールが返ってきたらゲームスタートだ。オレがボールを受け取った途端、すごい勢いで部長がオレに向かって走ってくる。おそらく身長差で思いっきりプレスするつもりなんだろう。30センチ前後の差があれば打ったシュートもブロックされやすいだろうし、攻撃側は八方塞がりに陥ると思う。
通常のゲームなら隙間を縫って仲間にパスすればいいけど、これは1on1だからオレがこのぬり壁みたいな部長のディフェンスをかわしてシュートするしかないだろう。
まゆからオレのシュート決定率が高いという話も聞いているだろうけど、部長さんはやはり自分のタッパに自信があるからシュートを打ってきても叩き落とせると思っているんじゃないかな。
きっと周りで見ている人達もそういう熱い攻防を期待してるんだろうが、残念ながらガチで正面からぶつかるつもりはない。
「えっ、そこからシュート!?」
「届くの?」
オレの行動に周囲がざわつく。近づいてくる前にスリーポイントラインの少し後ろから、クイックモーションでシュートを打ってしまおう作戦だ。あの身長ならジャンプされたら下手するとブロックされる恐れがあるので、ボールの軌道をなるべく高くしてループシュートっぽい感じになった。ただ高さが上げると前に進む勢いが弱まるから、膝をうまく使って力をグッと溜める必要がある。
(あ、しまった。ちょっとズレた!)
感覚的な話だけど、ボールがリングを通り抜けてゴールする時はギアがうまく噛み合うみたいなスッキリ感があるのだが、今のシュートは何かが少しズレたような違和感があった。
そんなオレの内心をよそに、ボールはちゃんとゴールに向かって飛んでいく。部長も自分の身長よりも高い位置を飛んでいくボールを振り返りながら見送って、その行方を見守っていた。
ダン、と残念ながらリングに嫌われたボールは弾かれてゴールの真上に跳ねて、再びリングに戻ってくる。しかし今度はボールがリングの縁に当たった後でクルクルとその上を何周かしてから、リング外へとこぼれ落ちてしまった。
やっぱり外れたか、と内心で思わずため息を付いてしまう。あのまま決まってくれていたら、このよくわからない対決を楽に終わらせることができたのに。口に出さないように気をつけて胸中で愚痴をこぼしていると、部長がこっちに向き直った。
「ふ、ふふ……シュートの精度が高いとは聞いていたけど、いきなりスリーポイントシュートを打ってくるとは思わなかったわ。最初から狙っていたの?」
「まぁ、そうですね。入ればいいなと思って」
どうやら少しは部長に動揺を与えられたらしい。部長がボールを拾い、こちらに山なりに投げてくる。さて、第2ラウンドの開始だ。部長に軽くボールをパスして、ボールが返ってきたらスタート。どうやらさっきのロングシュートは部長に危機感を与えたみたいで、さっきまでのゆっくりした動きではなく全力疾走ぐらいの勢いでこちらに走り寄ってきた。
プレッシャーがヤバい、湊だった頃のオレもこんな感じで相手に圧かけてたんだろうな。このゲームは捨てて、情報収集に費やした方がいいかもしれない。
少し後ろに下がってレッグスルーからのダブルバックチェンジ、足の間にボールを通して左手でボールを受け取って、更にそのボールを身体の後ろで右手に1バウンドでパスする。ノールックでするテクニックだから、なかなかに難しい。ボールがちゃんと右手の近くに飛んできているのかを確認したくて、無意識に視線を向けてしまった。
一瞬オレのフェイントにたたらを踏んだ部長だったけど、その視線を逸らした一瞬で再びオレの前に立ちはだかってきた。身長が違うから当然足の長さも違うので、オレが2歩で移動できる距離を部長は1歩で動けるのは正直ズルいと思ってしまう。
それはさておき、まだ部長の体勢が完全に整っていなかったので、少し後ろに飛んでシュートを打つ。フェイドアウェイシュート、相手のブロックをかわすためにタイミングを変えたりボールの軌跡をズラしたりできるテクニックだ。
部長の頭は超えたけど、またもボールがリングに嫌われてゴールできず。センターサークルとスリーポイントラインの間で行われている攻防なのと、部長のプレッシャーが強くてやっぱりシュートが入りにくい。もっとゴールに近づかないと、このままだと何回やっても点は取れなさそうだ。体力もガンガン削られてるし、次で決めないとその後は動けなくなって勝負にならなさそう。
さてさて、どうしようか。部長が取ってきてくれたボールをキャッチして、その場でドリブルして時間を稼ぎつつ考えを巡らせることにした。
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