第15話 乾坤一擲

 なんか知らない間に下町を解放してしまっていた。


 まあ、オレは魔物を殺してナンボの……なんだ? 勇者でもなければ救国の士でもない。ただの殺戮者だ。しがない営業主任だった男に政治とか言われても困るわ。


 ただ、この国の女王は生きていて、それを支える重臣や兵士がいる。そして、護衛だけならオレにでもできる。ティアの横に立っているだけど!


 下町の住人は、城下町(東区)に逃げ込んだようで、解放された下町に続々と戻っていっている。


「……早く暮らしが戻るといいのですが……」


 ティア様が呟くが、それに答える言葉をオレは持っていない。ただ横に立って住民が戻っていくのを見詰めるしかなかった。


 城下町と下町を区切る門のところで見送っていたが、最後の住人が出ていったところでティア様は兵士とともに帰っていった。


 オレはそれを見送ったら下町の外に向かった。


 下町から魔物がいなくなったのならここにいる意味もない。新たな魔物を求めて旅立つのだ。


 って、思って下町を出たはいいが、どこにも魔物がナッシング~。魔物はどこです~!


「まあ、ほとんど倒しちゃったしな」


 元は麦畑だった場所で佇んでいると、なんか気配を感じて振り向こうとしたら右腕に痛みを感じた。


 ──え? 痛み?


 ダンプカーに激突しても痛みなんて感じなかったオレが痛いと感じただと? なんだ、いったい!?


 さらに背中に突起物が当たる感覚。だが、最初のよりは弱い。これならスーツを着てなくても防げるレベルだ。


 痛みはないが、衝撃は防げない。突かれた勢いで十メートルくらい吹き飛ばされてしまった。


 ダンプカーに轢かれたならそのまま吹き飛ばされて周りに被害を出さないようにするんだが、ここでは被害を心配することはない。


 体を捻って地面に手を突き刺して勢いを殺し、両足を地面につけて止まった。


 視線の先に誰もいない。が、襲撃者(仮)がどこかにはいるってことだ。


 おもいっきり地面に拳を突き立て、土砂バリアを張った。


 それが功を制したのか、攻撃がくることはなかった。


 その隙に砂をつかみ、横に転がって立ち上がり、全力疾走。とにかくその場から離れた。


 二百メートルくらい疾走したら方向転換。目の前にナイフがあった。はぁ!?


 反射的に避け、襲撃者にパンチを食らわせ──られなかったが、肩に掠ってくれたお陰で襲撃者の姿を捉えることができた。


 ──女!? いや、エルフってヤツか?!


 魔法使いのような格好をしたピンク髪のエルフがそこにいた。


「魔王軍か!?」


 こんなヤツまでいるのかよ。こっちは魔法の素人だぞ! 慣れるまで出てくんじゃないよ!


「……わたしは、ロンドルの民。エルセイの森のエクセリアよ。あなたは、魔王軍ではないの?」


「オレは山崎某。女神より魔王を倒せとお願いされて異世界から連れてこられた者だ。魔王軍じゃない。今はアルティア王国の女王様の下で世話になっいる」


 油断しないよう仁王立ちするピンク髪のエルフに語った。


 ……こんなヤツがいるならオレなんて必要ないんじゃね……?


「失礼した。魔王軍の将軍と誤解した」


 片膝をついて謝罪した。エルフ風の謝り方だろうか?


「誤解が解けたのなら構いません。大した怪我もしてませんしね」


 リミット様製(仮)のスーツにも傷はついていないし、こんなもの着ているヤツは怪しさ全開。魔王軍と思われても仕方がないだろうよ。


 スーツについた埃を払い、落とした金棒を拾いに向かった。


「お、あったあった。失くしたら大変なところだったよ」


 材質不明の金棒ちゃん。素手で触りたくないときに重宝するものだからな。てか、もうこれはオレのもの。


「そうだ。名前をつけるか」


 うん。そうしよう。これはオレのものって証しにな。


「……乾坤一擲けんこんいってき。うん。お前は今から乾坤一擲だ!」


 オレの運命をかけて魔王と戦うオレにぴったりの名前だ。


「……あ、あの……」


 あ、そうだった。ピンク髪のエルフがいたんだった。


「すみません。じゃあ、オレはいきますね」


 こんなところで油を売っている場合じゃない。魔物を狩らないと愛華の命が尽きてしまう。我が姪のために死んでください、だ。


「待て!」


 と、ピンク髪のエルフが忽然と現れた。え、テレポテーション?


「な、なにか?」


「なにかじゃないわよ! なに平然と去ろうとしてんのよ! わたしはあなたを殺しかけたのよ!」


「あ、いや、別に怪我もしてませんし、それほど痛くもなかったですしね」


 勘違いで襲ってきたんだから責めることもないだろう。こんなスーツ姿の男なんて怪しさ全開なんだ。疑われたって仕方がないことだ。


「……なんなの、あなた……?」


「山崎某。女神リミット様から魔王を倒おすために連れてこられた男ですよ」


 さすがに普通の、とは言えない。バケモノみたいな体を持っているんだからな。


「ゆ、勇者なの?」


「いえ、勇者ではありませんよ」


 別に世界を救うことが目的ではない。完全に私的だ。仮に魔王がいいヤツでも愛華を救うためなら死んでもらう。その罪はすべてオレが受け持つよ。


「オレはただの殺戮者。魔王軍を滅ぼす者です」

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