救済代行屋

根道洸

本編

プロローグ

File0-0 エピローグへの階段

 錆びた教会の中、二人の男女が寛いでいる。欠けた天井から月明かりが差し、一部のマニアからは憧れるような情景だが、二人は建物の状態などどうでも良かった。

「……先程から、人が来ませんね。アノン、ここを選んだのは間違いだったのでは?」

 二人のうちの片方、綺麗な金髪を結ばずに伸ばし、ゴシック系の衣服に身を包んだ少女が、読んでいる本から目を動かさず口を開いた。今この場には、彼女の声と彼女が読んでいる本のページを捲る音しかしていない。

 彼女が座っている、前から二番目の長椅子が少し軋む。彼女が本を閉じて少し悪くなっていた姿勢をもとに戻した為だ。

「アノン、聞いてる?」

「聞いているさ。アディ。それとこの場所を決めたのは君のほうだろう。私はここまでの道を示しただけだ」

 そして彼女の前、一番先頭の長椅子に座っていた、アノンと呼ばれた黒のスーツで長身の男が反応した。

「あら、そうだったかしら。アノンもここに来る事を催促していたように感じていたのだけれど。……やはり、退屈です」

「廃れた文化だ。この世界の宗教は最早存在しないと言ってもいい。役割を終えたここに人が来る事はないだろう」

「"魔王"がいるのと関係ある?」

「ああ。魔王が神に成り代わっている」

「大変じゃない」

 そうは言うが、少女は少しも心配していない。

「平気さ。崇拝の対象が悪魔でも人間でも、無機物でも不自然はない」

「私たちを崇拝する宗教があっても?」

「それは異常だな」

「……」


 沈黙が訪れる。


「……そういえば一昨日、人が来ましたよ」

「ああ、我々がいる事にも気が付かなかった、意識が朦朧としている清掃役の老人が来たな。軽く床を掃いただけで帰ってしまった。あれを数に入れるか?」

「いいえ。人じゃないわ、あんなの。まだ動物の方がマシよ」


 再びの静寂。


「……以前までのアディであれば」

 再三と訪れる静寂を、珍しくアノンの方から破った。

「このように時間を浪費する事も無かっただろう」

「それは私のこと?」

 当然の事ながら、アディはそれを確認する。

「ああ、君の事だ」

 そしてアノンも不審がらずに、丁寧に返答した。

「私も変わったという事ね。どうよ、少しは大人っぽくなった?」

「そうだな」

「適当な返事やめて」


 そして静寂。

 静かなまま、時間だけが過ぎていく。虫や動物の音すらしない。

 アディが懐から黒い固形物を取り出し、一口齧った。

「まずい。アノンも食べてみる?」

「遠慮しておこう。どうせ人間の口に合うようには作られていないだろう」

「じゃあアノンにとっては美味しいかもよ?」

「冗談の質を上げたな、アディ」

 アディは残りを全て平らげた。

「これが不味いと感じられるから、私もまだ人間なのでしょうね」

「誰が食べても不味い可能性も考慮するべきだろう」

「酷い。それにしてもどうしてこんなに不味いの? やっぱり人間が作ってないからかしら?」

 黒い固形物、と表現したが、一応人間にとって栄養になるものでしか作られていない。れっきとした食糧だ。

「先程君が奇襲した、魔族と呼ばれる種族の携帯食だ。きっと魔族側でも不評だろう。強奪して失敗だったな」

「ええもう本当に。飲み物でもあれば良かったのに」

「水ならあるだろう」

「つまらないわね。私が欲しいのはもっといいものよ。あの……何だったかしら、怪物みたいな名前の炭酸」

「あれはただの栄養剤だっただろう。君に効能は無かった」

「ああいうのは気分と味で楽しむものよ。どうせ栄養なんて必要ないのだし」

「そうか。確か以前もそう言っていた人間がいたな。……アディ」

 突然、アノンが小声になった。アディも相槌を打つ。

「ええ、誰か来たわね」

「清掃だろう」

「歩幅が違うわ。相手は子供」


 そして、月の下から二人の姿が消えた。

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