Vのガワの裏ガワ 1【増量試し読み】

黒鍵繭/MF文庫J編集部

Vのガワの裏ガワ

『神絵師のアトリエ先生──亜鳥あとりくんへ』

『私のママになってくれませんか?』

『詳しい話は明日の朝七時、学校の屋上で。ぜったい来てね。かみお』


「……なんだ、これは」

 月曜の早朝。アラームで目を覚まし、ベッドに寝っ転がりながらスマホで自分のTmitterツミツターアカウントを覗いたら、そのDMダイレクトメッセージの存在に気づいた──途端に、身体にまとわりついていた眠気が綺麗さっぱり吹っ飛んでいって、目が冴える。

 DMを送ってきた相手のユーザー名は、文章末尾に書かれているものと同じく『かみお』。アイコンはデフォルメされたゴマフアザラシというふわふわ可愛らしいものだが、内容が内容なので一周回って、殺伐とした何かを感じてしまう。

 俺が行っているの内容的に、どういう意味の文章なのかは理解できる。

 けど、これを単なる一仕事の依頼として捉えろってのは……なかなかに難しいな。


 亜鳥千景ちかげは──俺は高校に通いながら『アトリエ』という名義で、フリーのイラストレーターとしての活動を行っている。区分するならば、学生絵師というやつ。

 さらに付け加えると、そんじょそこらのイラストレーター、というわけでもない。

 いわゆる業界トップの神絵師、などと呼ばれている。


 ◆アトリエは、日本のイラストレーター・原画家。誕生日は十二月二十七日。東京都出身。とにかく可愛らしく、それでいてR18タグに引っかからない程度にエッチなイラストをハイペースで量産することから、『ゴッド・アトリエ』と評されている。好きなものはブラックコーヒーで、嫌いなものは甘いコーヒー。


 以上、Pixevピクセブ百科事典のアトリエのページより抜粋。

 ……ついでに俺本人の早口自分語りによって加筆するならば、一日一枚は必ずイラストを完成させてTmitterに投稿するようにしているし、一ヶ月に十キャラはキャラデザと関連する設定を考えて、自分のPixevピクセブFANBOXフアンボツクスに公開してたりもする。

 能力以外の部分で言うと、仕事でやり取りする相手には丁寧な礼節を持って接しているし、課せられる〆切は一度たりとも破ったことがない。よって、仕事を依頼する側からすれば、この上なく信用できるイラストレーターだという自負がある。

 故に、紛れもない神絵師である。誰よりも俺自身が信じて疑わないし、きっと世間もそう思っているに違いない。ほら見ろ、アトリエが今現在Tmitterプロフィールに固定してるイラストなんか、十五万いいねも付いている。バズもバズ、大バズ……。

 ふと、思う。

 まさか、このイラストがきっかけで気づかれたんだろうか?と。


 俺が神絵師である事実は、とりあえずおいておく。

 この『ママになってほしい』というメッセージから考えるべきことは多い。

 なぜ、俺にこんな話を振るのか。そもそもどうやって、俺がアトリエであることを知ったのか。もちろん、主語は彼女──かみお。果澪かみお海ヶ瀬うみがせ果澪。

 俺とは一介のクラスメイトに過ぎないはずの海ヶ瀬果澪は、どんな気持ちでこんなメッセージを送ってきたのだろうか? ママになってほしい、だなんて。

 ……ベッドから身体を起こし、クローゼットからブレザーやら洗顔用のタオルやらを取り出す。普段だったら身支度の後、コーヒーの一杯でも淹れてからソシャゲの日課クエストを回していたんだろうが、今朝は何一つとしてできやしないだろう。

 一刻も早く、学校に向かうこと。

 そして、今日までのことを振り返り、どうしてこうなったのかを回想してみること。

 戦々恐々とする今の俺には、それくらいのことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る