第30話


 遊園地内にある和洋中のレストラン。学生にしては少しばかり痛い出費だけれど、それを補うにあまりまるほどに豪華だ。


「うめえ、うめえ」


 バカが盛り付けた山盛りの皿をガツガツと食い散らかす鈴木くん。男の俺でさえ軽く引いちゃうくらいの食事風景だった。


「いやこのハムうんめえ。おう、矢野ちゃん、一個やんから食ってみろよ」


 と鈴木くんはヤヤ子の皿に、ポテサラやらパスタソースやらがべったりついたハムを投げ入れる。


「あ、はは。ありがと……」

「おう、気にすんなって。それでも気になんなら、俺のために取ってきてくれてもいいんだぜ?」

「あはは……。鈴木くん面白いね……」

「だろ? 矢野ちゃんはまた一つ俺の魅力に気付いたみただな! ははは!」


 勝ち誇ったような笑みでを俺に向けてくる。


 まともに取り合うつもりはないので、涼葉に声をかける。


「相変わらずカレーなんだ」

「うん、好き」

「バイキングのご飯はカレーにしたくなるよね」


 同意だったのか涼葉がキラキラした目を向けてきて、その可愛らしさに笑った。すると、鈴木くんは面白くなさそうに言う。


「はあ? カレーなんてどこでも食えっしょ? 馬鹿じゃん」


 涼葉がガン無視すると、鈴木くんはヤヤ子にフった。


「矢野ちゃんはそうじゃねえよなあ?」

「え?」


 ヤヤ子はカレーライスにしている。それに今更気付いたようで、鈴木くんは渋い顔をした。


「あ、あはは! 私は馬鹿だからさ! カレーがありゃもう飛びつくんだよ、小学生気分が抜けてなくって!」

「はははは! んだよ、それ! 馬鹿じゃん!」


 冗談を真に受けている鈴木くんから、俺は涼葉に目を移す。


「俺は、やっぱ、ちょっと豪華になるみたいな感覚がいいと思う」

「ああわか……」


 ヤヤ子は口を開きかけて、俺と目があって閉じた。


「なんて言おうとしたの、矢野?」

「う、ううん! 何でもない!」


 それだけ言うと、ヤヤ子は無理やり口に食べ物を入れる。


「話もできねえくらい食いたいってか!? わかるぜ! その気持ち!」

「ちが……」

「っぱバイキングに来たら元とんねえとな! よっしゃ、俺が原価高そうなもんとってきてやんぜ!」

「い、いいよ」

「遠慮すんなってな!」


 鈴木くんは、上機嫌で席を立ち、料理をとりに行った。


「あのさ、矢野」


 びくっ、と跳ねたヤヤ子が聞き返す。


「私、気にしないことにしてるけど、気にした方がいい?」

「な、何が!? 全然、ぜんっぜん気にすることなんてないよ!」

「ならいいけど、本当に気にしないからね」


 ヤヤ子は俺をちらと見て、強く頷いた。


「も、もちろんだよ! 鈴木くんとのデートは楽しいから、涼葉も気にせず存分にデートして!」

「本当に?」

「う、うん! このまま行けば、私みたいなもんでもワンチャン付き合えるかも、みたいな!? だからむしろ、涼葉たちに邪魔されたくないっていうか!」

「そっ、ま、私も余裕あるわけじゃなし、ならそうする」


 涼葉はそこで興味を失くしたように、料理を食べ始め、「おいしー」と顔を綻ばせた。


 俺も興味を失くすのが正解。涼葉に意識を集中する。


「本当に、涼葉は美味しそうに食べるな。同じもの食べてると思えなくなる」

「あはは。そんなこと初めて言われた。じゃ、あーん」


 涼葉に箸で摘んだミートボールを差し出されたので、口で迎え入れる。


「同じものだった?」

「同じものだった」

「そこは、ドキドキしすぎて味がわからない、だろうがよお」

「あはは。俺みたいな冗談言うなあ」

「うん、橋下の影響。好きな男の趣味に染まる女の気持ちがわかる」

「やっぱ涼葉の冗談だった」

「冗談じゃないって言ったら?」


 小悪魔っぽい笑みにドキドキさせられ、照れながら「やっぱ涼葉の冗談だ」と言った。


「おう、矢野ちゃん。何悲しそうな顔してんの?」

「え? あ、ああ、ちょっとお腹が空いちゃってさ!」

「ははは、おら山盛りとってきてやったから食いな!」


 声を聞いて鈴木くんの持ってきた皿を見る。馬鹿が盛り付けた山ほどの料理。見るからに重そうな油物ばかりが載っている。


「……そ、そんなには、ちょっと」

「ああ? 俺に取りにいかせといてそれはねえんじゃねえの?」

「ち、ちがうちがう。ちょっと、食べるのに時間がかかりそうだなって!」

「もう、矢野ちゃんは紛らわしいんだよ」

「ご、ごめんね。とってきてくれてありがとう」

「おう! こういうのは男の甲斐性ってやつだからな! ははは!」


 鈴木くんはまた勝ち誇ったような笑みを向けてきたけれど、全て気にしないことにして涼葉と会話する。


「これも美味しい」

「シチューに入ってたら、もっと美味しいかもね」

「天才! 橋下、天才?」

「そこまで? でも、今度作ってみようか?」

「いいの!?」

「うん、いいよ」


 鈴木くんは話に割り込もうとしてかこちらを見てきていたが、涼葉が一切目をあわせようとしないので、無理と気付いて、食べるのに一生懸命なヤヤ子に話をし始めた。


「俺はよお、サッカー部の次期スタメン候補と呼ばれててさ。いや、俺はとくに努力とかしてねえんだけど、周りが勝手に言っててよお」


 どうやら自慢話をし始めたみたいなので、聞き流して涼葉と会話しながら食べ進めいていると、しばらくして鈴木くんの苛立ちの混じった声が聞こえた。


「ねえ、矢野ちゃん? 食べてばっかだけど、聞いてる?」

「……ん。ご、ごめん、聞いてるよ」

「なら相槌くらいしてくんね? つまんねえんだけど?」

「ご、ごめん。早く食べなきゃ迷惑かと思って」

「いやそれで俺に迷惑かけてりゃ、本末転倒っしょ?」

「だ、だね! ごめんね?」


 なんて会話を俺と涼葉は気にせず、食事と会話を続ける。


 そして食べ終えて、2人ともコーヒーを片手に歓談していると、また苛立たしい声が聞こえて。


「矢野ちゃん、いつまで食ってんの? 遅すぎね?」

「ごめん……」


 ヤヤ子は、もはや取り繕わず、暗い顔になっていた。


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