第20話
涼葉の動物エピソードをたんまり聞いて、気づけば閉園時間。放課後の動物園は短すぎた。
「今日、動物いっぱい見れて楽しかった」
バスから降りて、帰り道。もうすっかり暗くなったけれど、そう言う涼葉の顔は明るい。街灯や、店の照明、車のランプなんかと同様に数えられるくらいの笑顔を浮かべていた。
喜んでくれて何より。また少し、大切な人に近づけたのかな。
そう思うと、満足感が湧いてくる。
でも大切な人、か。
今日の涼葉の行動が蘇る。
メスライオンと迫られた時、ゾウを見た後に可愛いと言った時、猿の話でからかわれた時。
恋人や好きな人なんて出来ると思わない俺だけれど、たしかにドキドキしていて、涼葉が魅力的な女の子に見えた。
だから、恋人、って言うのも、大切な人に入るんじゃないか、なんて考えてしまう。
だけど……それだけはいけない。
まだそこまで好きじゃないと言うのもあるけれど、涼葉のことを考えればそれだけはいけない。
下心を向けられることに辟易としている彼女に、そんな感情を向けてしまえば、大切な人には絶対になれないからだ。
「ねえ、橋下」
「え、あ、何、涼葉?」
「矢野、死んでるんだけど……」
振り返って見ると、ヤヤコが灰になってふしゅーと口から魂が抜けかけていた。
今日のヤヤ子も変だった。
変なのはいつも通りと言えば、いつも通りなのだけれど、ここ最近は明らかに変だと思う。動物園でだって、何か俺を意識させようとして、みたいな冗談をしてきたし。尽く、涼葉に負けてたけど。
話を聞いてみるか、とは何度も思ったが、話は聞くな、と怒られてるしな。
「ヤヤ子、焼き鳥でも食べて帰る?」
ヤヤ子に向けてそう言うと、きょとんとした顔になった。
「やき……とり?」
「何で焼き鳥を知らないんだよ。好物だろ」
「え、あ、うん。そだけど、何で千尋がそんなこと言い出したのか気になって」
「枯れてるし、水でもやれば元に戻るかなって」
「だ、誰が枯れてるって!? こちとら瑞々しい茄子だい!」
「植物ではあるんだ」
「茄子は野菜だから」
「野菜と植物の違いって何?」
「しらない」
なんていつもの会話に、ヤヤ子の元気が戻ったと安堵する。
「矢野、元気になった?」
「い、いや、涼葉。私はいっつも元気だよ! 健康以外に取り柄のない女ですから!」
「そんなことないよ、矢野、可愛いし」
「きゅん。涼葉……って、私がときめいてどうすんだ!?」
「ときめいて?」
「いやあいい! 気にしなくていい!!」
「そ。まあ矢野が元気なら、もうちょっとだけ今日を長引かせたいな」
涼葉はそう言って、ふと何かに気づいたように俺の方を見た。
「ん?」
「橋下、まだ私、帰りたくない」
耳がそわりとするような甘い口調に、胸が跳ねそうになった。けれど、それだけはしてはいけない、と気を引き締めて涼葉に尋ねる。
「じゃあ涼葉も行く? 焼き鳥?」
むすーっとした涼葉だけど、しっかりと頷いた。
それから数分歩いて、駅前のアーケードに入る。
居酒屋や飲食店がちょうど営業を始め、多種多様な香りが鼻腔をつく。目的の焼き鳥がある居酒屋に向けて期待を膨らませ、歩を進めていると、あ、と指をさされた。
「涼葉じゃん、何してんの?」
声をかけてきたのは、涼葉といつも一緒にいるグループの女子、猿渡さん。そしてその猿渡さんと一緒にいるのが、いつもの涼葉グループの3人。犬川くんと猫山さん、そして朝突っかかってきた鈴木くんがいた。
「えー、何? どういう風の吹き回し? 涼葉が矢野と橋下と一緒にいるなんて。珍しくない?」
刺のある言葉だけれど、話している猿渡さんは純粋に聞いてきてるみたい。それでも、ヤヤ子にとってはそうではないみたいで、顔を強張らせてる。
気持ちはわかる。陽キャの集団に、陽キャのトップたる涼葉と一緒にいるところを見られ、珍しいなんて言われれば、色々と気が引けてしまうものだ。
「最近、仲良くなったんだ」
涼葉がそう言うと、猿渡は口に手を当てた。
「え? マジ? 接点あったっけ?」
「あった」
「そーなん? てかなら言えし。水臭くない?」
「猿渡、私、言ったじゃん。今日、橋下とかと遊びに行くって」
「ん? そだっけ? そいや、んなこと言ってた気がする?」
「私の話、猿渡は基本聞いてないでしょ。興味ないから」
「あはは。ごめんってばぁ」
「じゃ、行くね」
「うん、また明日ね〜、涼葉」
と別れの空気になったところで、鈴木くんから横槍が入る。
「ちょ、待ってくれよ。涼葉」
「何? 鈴木?」
「な、なあ今、帰るところだろ? これから俺たち飯行くんだ。一緒に来ないか?」
「や、帰るとこじゃないし。ご飯食べに行くところだから、じゃあ」
「じゃ、じゃあじゃなくね? なら俺たちと一緒に食べに行こうよ?」
露骨に嫌な顔を浮かべた涼葉の心情を理解してか、後ろで控えていた犬川くんと猫山さんが、鈴木を止めに入ろうとした。
が、それより前に、声が上がる。
「ええ〜!? それいい! 私、橋下とも矢野とも仲良くしたかったんだ!」
よく知らないグループで飯食いに行くのなんて苦行だが、猿渡がキラキラした目で見てくるせいで断りづらい。
仕方ない、こうなったら行くしかないか。なんて思いでヤヤ子を見ると、諦めに似た顔を浮かべていた。やはりヤヤ子とはウマが合う。
「ね、矢野、橋下、それでい?」
「はああ。猿渡、迷惑だから」
「え、マジ、涼葉? 矢野、橋下、やだった?」
陽キャにそう言われて嫌だったと答えられるやつはいないだろう。
俺もヤヤ子も、全然、と首を振った。
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