第18話

 sideヤヤ子


「やってきました、動物園」


 放課後、動物園に遊びに行くということになった。ラインのグループで散々検討を重ねた結果、というわけでなく、動物好きの涼葉のゴリ押しだった。


「にしても涼葉、よくチケットなんて持ってたね」


 千尋がそう言うと、涼葉は事もなげに答える。


「知らない人に動物園行かない? って誘われて、気持ちとチケットだけもらっとく、って答えたらくれた」

「へ、へえ、さ、流石モテる女」


 私はこめかみに冷や汗を流した。涼葉がモテるのは知っていたが、そこまで男を虜にするとは……。


 このままじゃ千尋が落ちるのは時間の問題。うまくここで恋人アピールをして、涼葉に身を引かせなきゃ。


 ちなみに、入園料は二枚チケットで、あまる一人分は三人で割り勘だったりする。


「まず、何観にいく?」

「ライオン! ライオンがいい!」


 私はくい気味にそう言ったが、それは考えたプランがあるからだ。

 ライオンに怖がって、千尋に抱きつく。そして涼葉は私たちを恋人と誤解して身を引く……予定だ。


「ヤヤ子、いきなりメインって。いっつもの好きなおかずは最後まで残すのに」

「こ、こっちにもプランがあるの! っていうわけじゃなくて、ライオン、いいじゃん、ライオン!」


 妙な言い訳に訝しむ視線を千尋から送られるが、別にそこまで気にする必要もなかったのか、千尋は涼葉に振る。


「涼葉は?」

「いいと思う。ライオン、かわいい」


 と許可を得られたので、ライオンの元へ。


「うわぁ、可愛い」


 涼葉はキラキラした目を、檻の中でゴロゴロのライオンに向けた。一方の私は千尋の方をちらちら見る。


 どこだ、どのタイミングで行く? というか、演技だとしてもちょっと恥ずかしい。夕焼けのせいか、普通に千尋が格好良く見えちゃってるし。


「ライオン、見なくていいの?」

「は、へ、あ、み、見てますし」


 千尋ばかり見ていたのがバレた。これ以上時間をかけても怪しまれるだけ。ならば、行くしかない。


「千尋。ライオン、怖いよ」


 そう言って、千尋に私は抱きついた。


「あれが?」

「え?」


 千尋の言葉にライオンに目を向ける。ちょうどライオンはオスメスの営みを始めたところだった。

 私は何か言い訳しようとして、口をパクパクさせるが、


「……気のせいだった」


 と言って、すっと離れた。

 くっ、どうしてこんなタイミングでおっぱじめるんだ。

 恨みがましく見ていると、情事はすぐに終わった。


「あ、終わった」

「ライオンって早いんだね。つまんなそう」

「ヤヤ子。あんまり、女の子がそんなこと言ったら、幻滅されちゃうよ」


 千尋の言葉は恋人であることを否定するもので、私は慌てて言い訳する。


「えっ!? あ、えーと、そのう、恥ずかしいなあ!!」

「しらじらしい」

「だ、だよね〜」


 しくったぁ〜、恋人感ゼロのやりとりを涼葉がどう思ったか気になって目を向ける。


「あれ? 涼葉?」


 微動だにしない。どうしたのか、と顔色を窺うと、まっかっかだった。


「もしかして照れてる?」


 そう言うと、涼葉はぎぎぎ、とこっちに首を回した。


「ら、ライオンは、十数分に一回のペースで交尾をしいられ、メスの発情期のあいだオスは昼夜関係なく営む。またライオンはたてがみの色の濃さがテストステロンに関係していて、黒くてもさっとしたライオンがより強いライオンとされ、メスの間で人気が高く……」


 急に雑学語り出した。


 何その照れ隠し、可愛すぎかよ。


 その雑学に合わせて、人間の性行動は、とか語ろうと思った私が酷くみじめに思える。


「そういうわけだから照れてない」


 涼葉は長い説明のあと、そう言い切った。が、顔は真っ赤なままで、可愛いがすぎる。


「そうだね、涼葉は照れてない」


 千尋がそう言うと、涼葉は唇を尖らせた。


 照れているとわかってそう言ったことに対する不満、だけでなく、涼葉は千尋が照れていないことが不満なのだろう。


 だからなのか


「メスライオンになっちゃおうかな」


 なんて千尋に言った。


 それは冗談だとわかっていても、ドキドキさせる言い方で、蠱惑的な表情で、女の私ですら心臓が跳ねた。


「はいはい」


 軽く流した千尋だけど、ほんの少し顔が赤い。


 涼葉はそんな千尋の後ろに回り、背伸びして首筋をかぷっと歯を立てた。


 今度こそ千尋は顔を真っ赤に染める。そして涼葉は照れながらも満足そうにしてやったりと笑う。


 甘くもどかしい感覚が胸に訪れたあと、危機感に冷える。


 ま、まずい。次だ、次のプランを実行せねば。


「ふ、ふぅ〜。じゃ、次見にいこ、次」


 私は互いに見つめ合う二人にそう言った。


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