第5話 遠慮せずにと言われたので

「父上には、三河侵攻に向け寄騎をつけていただきたい」


 現状、義信の配下は傅役で武田家宿老の飯富虎昌。

 奥近習衆の長坂昌国。

 乳人子の曽根虎盛をはじめ、次代の武田家幹部候補がつけられている。


 しかし、彼らもまだまだ若い。


 いずれも信玄の目にかなう優秀な若者とはいえ、未だ経験不足は否めなかった。


 そこで、義信は戦や城主などを任せられる経験豊富な家臣を求めていた。


「……誰ぞ欲しい者がおるのか」


「いるにはいるのですが……」


「遠慮せず申せ」


「はっ、馬場信春、飯富昌景、内藤昌豊の三名を預かりたく……」


「むぅ……」


 義信の要求に、信玄は顔をしかめた。


 遠慮なく言えとは言ったが、遠慮がなさすぎる。


 これら三人はいずれも優秀な家臣で、武田家で重責を担う者たちだ。おいそれと動かすわけにはいかない。


 信玄が首を振った。


「…………………ならん。皆、信濃各地を治めるのに必要な者だ」


「父上が遠慮せず申せと言ったのではありませんか」


 痛いところを突かれ、信玄がウッと怯む。


「…………その者たちでなくてはダメなのか?」


「お言葉ですが、今川を獲る戦はすでに始まっております。出し惜しみをするくらいなら、全力で挑まれませ」


「むぅ……」


 義信の言葉は正しい。


 すでに今川家家臣団に調略を進めており、北条に対しても上杉をぶつけた。


 ここまで来て、今さら引き下がるというのも難しい。


「父上!」


 義信に詰め寄られ、信玄が気圧される。


 やがて、渋々といった様子で頷いた。


「…………よかろう。しかし、この者らもすでに代官として仕事を抱えておる。……それゆえ、お主が三河侵攻をする際、こやつらに軍を持たせて出撃させる」


「……………………」


「これ以上、儂は譲る気はないぞ」


 義信の顔がふっと緩む。


 義信とて、自分の要求がすべて通るとは思っていない。


 ある程度人材を補給するか、信玄からの援軍を獲得できれば、義信としてもそれでよかった。


「武田の誇る名将を援軍に下さるのですから、これ以上頼もしいことはありませぬ。

 無理難題をお聞き入れくださり、ありがとうございます」


 自身の要求が通ると、義信が頭を下げるのだった。






 躑躅ヶ崎館を出ると、曽根虎盛が興奮した様子で馬に跨った。


「しかし驚きました。調略ばかりか、すでに今川家臣の内応を取りつけていたとは……。さすがは若……先の先まで手を打っておられる」


「ああ……」


 義信が頷いた。

 そういえば、そんなことも言ったな。


「あれは嘘だ」


「……………………は?」


 呆けた顔をする曽根虎盛に、義信が続ける。


「手土産が長篠城だけでは足りぬと思ったのでな。いくつかニセの書状を用意しておいたのだ」


「はぁ!?!?!?!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る