第18話 孵化

 王都を訪れて一番初めに交友を持ったヴァージニアは可憐な乙女騎士。


 年が同じだったし、彼女からの提案で一緒の家に住まわせてもらった。


 だが彼女は騎士としては落ちこぼれで、いつも悩んでいた。

 正直昨日の彼女はノイローゼ気味だった。


「自分じゃ出れそうにないの、ウィルの方でなんとかできない?」


 その彼女は今、赤い殻をした巨大な卵の中にいるみたいだ。

 僕のスキルが【卵】であれば、僕が原因の可能性が高い。


「待ってて、トンカチ持ってくる」

「お願い」


 自分の部屋に戻り、漆喰色したタンスの引き出しを開けてトンカチを取り出す。

 その後、彼女の部屋にもどり、声をかけた。


「今からトンカチで叩くから、怪我しないように気をつけて」

「大丈夫」


 じゃあ、1、2。


「ッ!!」


 トンカチを振り上げて多少力を入れて卵にぶつける。


 すると卵の殻に亀裂が入り、横二つに綺麗に割れた。


「大丈夫かジニー」


 彼女に手を差し出すが、僕はある物を見て硬直してしまった。


「ありがとうウィル、私なら平気みたいで……っ!」


 卵から出て来たジニーは、全裸だった。


 視界は端正な乳にとまり、騎士として鍛え上げられたスマートな体がうかがえた。


 彼女も自分が裸だったことに気づき、とっさに手で隠す。


「ウィル、出て行って」

「そ、そうだね。でも僕に悪気はなくて」

「大丈夫、わかってる、けど早く出て行って」


 きびすを返してジニーの部屋を出て、気持ちを落ち着かせるためコップ一杯の水を飲んだ。頭がぐるぐるとして思考がまとまらないけど、彼女の髪色をほうふつとさせるあの巨大な卵はなんだったんだ?


 そして僕は彼女の裸身に意識をうばわれ、まぢまぢと見てしまった。彼女の裸を見たことに罪悪感はないが、彼女の裸を見ていた僕を見つめていた彼女が感じた印象を考えると、へこむ。


 考え込んでいると、彼女の部屋の扉が勢いよく開かれる。


「うぉ! びっくりした」

「ごめんウィル、今の出来事を確認したいのは山々だけど、仕事があるから」


 と言った彼女は仕事着姿になっていて、昨日よりも凛としていた。


「い、いってらっしゃい」

「帰ったら、色々と話しましょう。それじゃ」


 色々と? 怖い。

 そう言えば僕もそろそろ支度して家を出ないと、遅刻してしまう。


 あれやこれやと準備して家を出ると、驚愕の光景を目撃した。


「て、テメエ! やりやがったな!?」


 ジニーが街路で男と揉めている様子だ。

 怒号を荒げている男の隣には倒れているもう一人の男がいる。


 以前もあった光景に、駆け寄るのだが、男はジニーに殴りかかる。

 ジニーは殴りかかられた男の拳を避けて、手に取ると後ろに回って決めていた。


「いででで!」

「よかった、お前たちが治安を乱した現場に立ち会わせたことで、遅刻の言い訳が成り立ちそうだよ」

「テメエ、いいからその手放せよ! お、折れる」

「お前たちの罪状は恐喝と、私という婦女子に手を上げた暴行罪だ」


 彼女は男たちにそう言い放つと、倒れていた男が短剣を仕込んでいるのが見えた。


「ジニー! 危ない!」


 僕の叫び声に倒れていた男は意表をつくよう、短剣を構えて襲いかかった。


「ッ!」


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 ジニーに襲いかかった男の短剣は、彼女が手にした大盾によって弾かれ。


「奮ぁあああああ!」


 ジニーはその大盾で襲いかかった男を前方の壁に押し込み、衝撃を与える。

 すると男は倒れ、腕を決められていた男はその光景に腰を抜かし。


 周囲で見守っていた民衆が彼女の働きをたたえるよう、歓声を上げていた。


 その最中、彼女の身を案じた僕は近づいた。


「いたのですね、ウィル」

「怪我はない?」

「平気ですよ、この程度のチンピラにおくれは取りません」


 ふと見れば、彼女が装備していた大盾は消えていた。


「今の盾って、もしかして君のスキル?」

「そうですが、何か?」


 な、なるほど。


 それから、ジニーは王都で名声を高めていった。


 今日のチンピラ二人を撃退したのを機に、銀行を襲った強盗事件の犯人グループを捕まえ、あまつさえは王都近郊での哨戒任務中に騒がれていた魔獣を討伐したみたいで、彼女は急激に力をつけたみたいだった。


 まるで卵からひな鳥が生まれ、鷹に化けたかのような印象を覚えた。


「何を見てるの?」


 仕事の休憩中、パティシエのママに声を掛けられた。


「新聞、ジニーが魔獣を討伐した記事を見てた」

「何々、『落ちこぼれ女騎士がAランク相当の魔獣を撃退!?』凄いじゃない」


 そう、以前の彼女なら考えられない偉業だ。

 家で彼女と会話するけど、お互いにあの巨大な卵については触れられずにいた。




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