35歳無職、魔法少女に転職しました

千子

第1話 魔法少女に就職しました

エイリアンが地球に来襲してから十年が経った。


当初は大混乱を極めたが、エイリアンに敵意がないことから人類側も落ち着きを取り戻し、両者の間で協定が結ばれた。


しかし、すべてのエイリアンが善いものではなかった。


まあ、それは人間にも言えることなのだが。


話し合った両者は対悪エイリアンに向けてエイリアンと人類の技術を合わせて兵器を作り上げた。








魔法少女の誕生である。








もっとも、そんなこと無職な私には関係ないことだと今日も職業紹介所まで足を運んで面接の予定を取り次げる。


今度こそ受かりますように!と何十回、何百回と願ったが、叶えられた試しはない。


だからこそまだ無職なんだけど。


そう、私こと山田真理亜は無職である!


山田という平凡な苗字に真理亜なんて自分に似合わない名前を付けられた平凡よりちょっと影が薄い感じの野暮ったい35歳無職である!


………自分で言ってて悲しくなるな。




とぼとぼと職業紹介所を出てすぐかわいい系エイリアンが話し掛けてきた。


人間相手でも時々ある。


無職相手の勧誘である。


人間相手なら大体が保険のセールスやらないかという類いだが、エイリアンの勧誘は初めてだ。


でも、路上勧誘するようなところは無視することにしている私はかわいい系エイリアンが話し掛けてきても無視して足早に帰ろうとした。


「待ってよ!無職なくらいなら魔法少女になってよ!」


「それ無職に職業紹介所の前で出待ちして勧誘していい職業じゃないですよね!?」


無視できずに突っ込んでしまった。




魔法少女の話はニュースとかで見たことある。


小中学生くらいの子が、悪いエイリアンと戦っているんだ。


決して35歳無職がなる職業ではない。




「大丈夫だよ!どんな人物やエイリアンでも変身したら小中学生くらいのかわいい女の子になって魔法少女になれるんだ!」


「知りたくなかったそんな事実!!!」


頭を抱えてしゃがりこむ。


テレビの前で中継された戦闘に応援していた時もあったけど、あれは小中学生の少女達が地球のために頑張って戦っていることに応援していたのであって、もし万が一中身が自分よりおっさんだったら夢が崩れる。


いや、こんな自分でさえ魔法少女に勧誘されるくらいだからあり得るかもしれない。


もう何も信じられない。




私が魔法少女の闇について考えている間もかわいい系エイリアンは勧誘の手を緩めない。


「なんと!寮生活で三食ご飯付きのうえに家賃光熱費水道代ネット代諸々全部政府持ちでお給料は毎月こんな感じ!」


「よろしくお願いします!!!」


出された電卓の数字を見て即決してしまった。


だって数ヶ月無職でもう貯金も底を尽きそうだったんだもん…。


仕方ない。これは仕方ないことなんだ。


自分を納得させ、とりあえず勧誘してきたエイリアンもといキュートさんと寮に行くことになった。


なんでキュートさんというお名前なのか聞いたら、人間に合わせた名前にしようとした結果、魔法少女達を束ねるボスがかわいい系エイリアンの外見からキュートさんと名付けたらしい。


名前のセンスが無さすぎだろう。


寮には魔法少女を束ねるボスやキュートさん、他の魔法少女(中身は不明)が住んでいるらしい。


寮と事務所は同じ建物内にあり、基本魔法少女は寮住みだが、プライベートと仕事は別けたいタイプや人と一緒に暮らしたくない魔法少女は家賃やらなんやらを少し負担してもらって他にアパートを借りるそうだ。


まあ、そういう人もいるよね。


私は家賃光熱費水道代ネット代諸々浮かせたいから寮住み一択にしたけど。








魔法少女としての大まかな話をキュートさんから聞きながら歩いて寮兼事務所まで辿り着いた。


パッと見た感じ普通のマンションだ。


「まずはボスと面接だね」


キュートさんがボスのいる事務所に案内してくれた。


これまた普通の事務所だ。


何人かの男女が普通の事務員の制服やスーツを着てなにやらパソコンに打ち込んだり電話対応をしている。


「ただいま戻りました」


キュートさんの一言で女性が近寄ってきて「お帰りなさい、キュートさん」と笑顔で答えてくれた。


魔法少女よりここで就職したい。


「魔法少女を勧誘してきたよ!ボスと面接させたいんだけど、ボスの予定は空いているかい?」


「はい、本日は特に予定もないので奥の部屋にいらっしゃると思いますよ」


よくよく考えたらいきなりの面接である。


今日は職業紹介所に行くだけで面接は後日と思っていたから思いっきりラフな格好だけど面接のTPOが全然守られていない。


キュートさんにこっそり訊ねる。


「キュートさん。私、勢いで来ちゃって全然面接向きの服装じゃないけど大丈夫?」


「服を着てるから大丈夫だよ!」


キュートさんは物事を訊ねてはいけないエイリアンだった。


私の服装や面接の心構えを待たずにキュートさんは気軽にボスがいるらしい部屋をノックした。


「ボス~!新しい魔法少女をスカウトしてきたよ!面接してよ!」


「オッケー!入ってきてー!」


軽いな。大丈夫か、魔法少女のボス。そして組織。


キュートさんが扉を開けてそのまま中に入る。


恐る恐る私も後に続くいて後ろ手にドアを閉める。


「失礼します」


「採用!」


「早過ぎる!」


あまりの超高速採用に思わず突っ込んでしまった。


キュートさんはいつの間にかボスの側にいて、そしてそこで初めてボスを見た。


ボスはかなりのイケオジだった。


でもこんなイケオジでも軽すぎるのが難点だよな…と思わせるくらいこの数分でガッカリ感が強いイケオジだった。


「急すぎる採用ですまないね。暇をもて余した連敗中の無職の力でも借りたいくらい魔法少女が足りてないんだ」


「オブラートって言葉知ってますか?」


「君のことは知っているとも。何度も職業紹介所に通っているが、まっっったく採用されない。勧誘するなら持ってこいの人物だと!」


「傷口に塩塗るの止めてもらえます?」


「そんな特技も特徴も雇いたくなる魅力的な人物でなくてもなれる!それが魔法少女だ!安心してくれたまえ!」


「うるっせぇええ!」


私のライフがもうゼロだ!


「やはり辞退させていただきます」


礼をしてドアから出ようとするとキュートさんとボスが必死に止めてくる。


「待ってくれたまえ!そうやって何故かみんな魔法少女を辞めたがるんだ!深刻な人材不足で悪エイリアンに対抗出来る魔法少女が少ないんだ!助けると思ってお試しで二週間だけでも…!」


「そうだよ!どうせ無職でやることなくて部屋でごろごろしながらネット映像見漁ってるんでしょう?なろうよ!魔法少女!」


「あなた方が辞めるなら魔法少女やりますよ!!!」


魔法少女不足の原因はこいつらじゃねーか!!?


イライラしながらドアを開けたい私と閉めて魔法少女の契約をさせたいボスとキュートさんの攻防が続く。




「正直なところ、筋トレを欠かさない私とかわいい外見に見せ掛けて100キロのダンベルを余裕で持つキュートさんと互角にドアの攻防を繰り広げる君には魔法少女の素質がある!」


「物理的な理由しかありませんけど!?」


「魔法少女とは、時に物理で戦うものだ」


いい加減攻防に疲れた私は、次に暴言を言われたらとりあえず殴ろうと心に決めてボスの話を聞いた。


聞いた結果、ボス、真面目に喋れるじゃん………と思った。


さっきまでの煽りはなんだったんだ。


普通に魔法少女に対しての説明と福利厚生、給与や休日等の説明が続く。


まじでさっきまでの暴言どうした。


キュートさんが時折分かりやすいようにプレートを掲げたりしている。


キュートさんも外見だけはかわいいから癒されると言えば癒される。




「ここまでで質問は?とりあえず、お互いの齟齬をなくすためにお試しで二週間の試用期間を設けたいと思っている。それで良いかい?」


「はい、大丈夫です。質問は特にありませんし、こちらとしても魔法少女としてやっていけるか不安ですので試用期間は助かります。よろしくお願い致します」


頭を下げるとボスがにこやかに言った。


「無職卒業おめでとう!」


「やかましい言ってんじゃん!!!」


思わず肘鉄食らわせた私は悪くない。




試用期間の間はまだ入寮出来ないらしい。


本採用になってから諸々が始まるのだ。


「とりあえず、魔法少女としての名前を決めなくてはな」


渾身の肘鉄から復活したボスが言う。


「魔法少女としての名前?」


「35歳の君が小中学生くらいの美少女になるんだぞ?本名の山田真理亜のままだと知り合いが驚いてしまうだろう」


「それはそうですね…」


いやちょっと待って。魔法少女に転職しましたも言いにくい。


普通に事務員になりましたで通しておこう。


ちょうどここ普通の事務所もあるし。


「私のお薦めは肘鉄のマリアだ」


「さっきのこと根に持ってますね」


それにしても魔法少女としての名前か。


せっかく美少女になれるならなんかそれっぽい、かわいい名前がいいな。


「参考までに他の方はどんなお名前なんですか?」


「ロックのミサキやピーマン撲滅のアキだ」


「ろくなのがいない!」


こんなボスの元で魔法少女をやろうとしている人達だもの、期待した私がバカだった!


「それで、どうするのかね?届け出もあるので本採用になる二週間以内に決めてくれ」


「………分かりました」


二週間以内にならなんとかいい感じの名前思い付くよねきっと!


未来の私、頑張れ!




すべてをなげやりにしていると警報音が鳴った。


モニターを見つつ電話で連絡を取り出したボスが叫ぶ。


「悪エイリアンが出現した!急な出動ですまないが行ってくれ!山田真理亜くん!」


「えっ!?まじで!?今から!?お試しスタートしたばかりなんですけど!?」


「ちなみにロックのミサキが別府温泉で休養中、ピーマン撲滅のアキがピーマン以外からも採れる野菜の栄養価について地方で公演中だ!君しか頼れる者がいない!頼んだ!山田真理亜くん!」


「魔法少女ってまじなんなの!?」


叫ぶ私を余所にキュートさんが私を魔法の力で悪エイリアンがいるらしいエリアに連れ出した。


無理矢理にも程がある。




「さあ!山田真理亜!魔法少女として覚醒する時だ!」


キュートさんが促すがなんか納得がいかない。


魔法少女、おかしすぎるだろう。


やっぱり辞退するしかない。


そう現実逃避している私にキュートさんが可愛らしいステッキを持たせる。


「これを持って、心のままに叫べば魔法少女に変身できるよ!」


頑張って!とキュートさんは応援してくるが応援されたくない。もう辞めたい。


だけど、ブラック企業に勤めていた時より死んだ目の私に破壊されるビルや逃げる人々が映ってしまった。


ステッキを強く握り締める。


「魔法少女のこんちきしょーーー!!」


叫びながらステッキを上に高く掲げると不思議な光が私の身を包んで、なんかひらひらの可愛らしい服装になっていた。


35歳山田真理亜がこの服装を着ていたらやばい。


「キュートさん!私、本当に美少女になってる!?」


「心配するところがそこかい?なってるよ。ほら、面影もない」


キュートさんがどこからか取り出した鏡には山田真理亜からは想像も出来ない美少女が映っていた。


服装も鏡で改めて見るとめちゃくちゃかわいい。

でも中身は35歳山田真理亜なんだよな…。35歳で魔法少女…。

さすがに職に就けなさすぎといっても恥ずかしい。


私はすべての恥ずかしさや怨みを悪エイリアンにぶつけることにした。


だって、悪エイリアンが悪さをしなければ私があんなボスとこんなキュートさんに示唆されて魔法少女になんてならなくて良かった筈だ。


悪エイリアンこちきしょう!


お給料のために!やってやるわよ!


私は悪エイリアンに向き合う。


「頑張れ!山田真理亜!」


「こんな時に本名は止めて!」


成る程。だから魔法少女の時用の名前が必要なのね。本名言われるとやる気なくすわ。


改めて、息を吸って吐いて悪エイリアンに向かってステッキという名の棍棒を持ち走り出す。








「全部就職氷河期が悪いんじゃーーーい!!!」


私の私怨1000%ステッキ殴りは華麗に決まり、敵は消滅した。








その際、私の「全部就職氷河期が悪いんじゃーーーい!!!」の一言は無職やこれから転職活動を始める人、就活を始める人達に希望を与えたとニュースでは言っていた。


知らんがな。








まあ、色々あって魔法少女になるの抵抗ありすぎたけど、むしゃくしゃして敵を殴るのも快感というか楽しかったし、しばらくは魔法少女として仕事に就くのもいいかもしれない。








山田真理亜35歳。


無職から魔法少女になりました!


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