第30話 戦後処理

 玉座の間に姿を表したのは、小さな体をした猫妖精ケットシーだった。魔物としては随分身なりが整っていて、眼鏡をかけた彼が、こちらに深く頭を下げながら口を開く。


「冒険者各位、お揃いでしょうか」


 非常に丁寧な口調をして、こちらに声をかけてくるケットシー。

 その姿に、冒険者一同は肩の力を抜きながらも武器を手に握ったままだった。なにせそのケットシーの首元には、たしかに魔王軍の一員であることを示す紫色の魔石・・・・・が埋まっているからだ。そのケットシーが橙色の毛並みをしているから、余計に目立つ。


「魔王軍の魔物か」

「それにしては、普通に声をかけてきたけど……」


 マンフレットが鋭い目を向けながらつぶやくと、エレンが首を傾げながら言った。

 そう、魔王軍の魔物であることはどう見ても明らかだ。それだったら俺達冒険者に武器を向けてきてもいいものだが、彼からはちっともそんな気配がない。むしろ、手に持っているのは武器ではなく、何枚もの書類とペンだ。

 ケットシーは居並ぶ冒険者達をぐるりと見回してから、もう一度頭を下げつつ言ってきた。


「頑健王ヘイスベルトの側近補佐を務めておりました、エメレンスと申します。先に死した側近スヴェンに代わり、戦後処理に参りました」


 エメレンスと名乗ったケットシーは、丁寧な所作でこちらに微笑みかけてきた。

 自分の上司の魔王が倒された後でのこのやり取り、よく何も思わずに事務的に職務を行えるものだ。そう言えば魔王の側近であるというスヴェンは、数ヶ月前に倒されたという報告があった。

 マリカが納得したようで、ため息をつきながら口を開いた。


「ああ……そういえばそうだったか。魔王が討伐されたその後には、魔王に仕えていた側近が戦後処理と、冒険者との報酬の折衝を行うと」

「随分としっかり整っているんだな、その辺」


 俺も少し驚きながらエメレンスに声をかけると、小さく肩をすくめながらエメレンスは返してきた。


「我々も、人間界の皆様とは上手いことお付き合いをしていきたいですので。人間界の国々に国家認定勇者というシステムがあるのと同様に、魔物界にも魔王というシステムがあるからこそ、均衡が取れるのでございます」


 彼の言葉に、俺ははーっと息を吐き出した。

 確かに冒険者ギルドでも、「勇者と魔王は両方ともが存在するが故に、世界は安定するのだ」と教官から話をされたことがある。

 そういう点は納得がいくが、それにしてもこんなにもきっちりと事務的なやり取りが行われるとは思っていなかった。俺が目を見開いていると、俺から視線を外したエメレンスがマリカへと顔を向けて言った。


「つきましては、今後のお手続きについて申し上げます。代表者は、ヤコビニ王国認定勇者、マリカ・ベルルーティ様でよろしいでしょうか」

「ああ、私で問題ない」


 マリカも勇者故にか、勝手を分かっているようで、エメレンスの言葉にすぐさまうなずいた。それを見て、エメレンスが手元の資料に目を落としながら話し始めた。


「皆様には各々の国家、ならびに国営冒険者ギルドから、多額の報酬が支払われると思いますが、それと併せまして魔王領からも報酬を差し上げます。魔王城の地下1階にございます第三宝物庫の財宝を開放いたしますので、こちらを城外の皆様と協力してお持ち帰り、皆様でご分配ください」


 エメレンスの言葉に、冒険者達の空気がぱぁっと明るくなった。魔王城の財宝という話だから、どれくらいのものが集められているかなんて、もちろん予想がつく。きっといろんな武具や、魔物様式の工芸品などが収められているに違いない。

 エメレンスは続けて、書類をめくりつつ話を続ける。


「また、ヘイスベルトの遺骸についても、お一人あたり鱗20枚、頭骨以外の骨2本まででしたらお持ち帰り可能です。魔竜でございます故に重量もございますから、お持ちになれる範囲でお持ち帰りください。ただし、額にございます魔石は次代の魔王に引き継がれるものとなりますため、こちらのお持ち帰りはご遠慮ください」

「おぉっ……」

「頑健王の鱗とか、盾や兜に使ったらすごいことになりそうだぞ」


 話されたことについて、今度は冒険者達から歓声を上げた。

 そりゃそうだ。魔王である前から防御力に定評のあったヘイスベルトである。その鱗や骨なんて、防具に使ったらかなりの性能になることは間違いない。

 沸き立つ冒険者に視線を送って微笑み、書類の次のページをめくりながら、エメレンスが説明を続けた。


魔界協定まかいきょうていに基づき、本日より半年間は魔王の座は空位となりますが、半年間の間に次代の魔王を選出し、魔物界の統治を行います。魔王が選出され、新たな魔王の統治方針が再び人間界侵略となりましたあかつきには、再び皆様方とは敵同士」


 そう話すと、エメレンスが一度書類を閉じる。その眼差しは真剣そのもので、思わず冒険者達も声を発するのを止めた。

 人間界と魔物界の間には、「魔界協定」という取り決めが存在する。内容はざっくり言えば、「勇者が魔王を討伐した後、どういうルールでやっていくか」を定めたものだ。協定の中には逆に「魔王が勇者を殺した後どうするか」も定められているが、各国に最低一人は国家認定勇者がいるせいで、ほとんど形骸化している。

 ルールについては先程エメレンスが話したとおりだ。今日から半年間、魔王は不在となり魔王軍は今日を以て解体される。人間界は魔王討伐を祝してお祭り騒ぎ、対して魔物界は次の魔王選出のために会議をしたり武闘大会を開いたり。平和に思えて結構忙しいのだ。

 そしてこの期間には、もう一つ特徴がある。エメレンスがにっこり笑みを見せ、眼鏡を直しながらすっぱり言った。


「ですがそれまでは、共に戦いを乗り越えたよき戦友・・として接していただければ幸いでございます」


 そう、少なくともこの半年の間は、人間と魔物は敵対すること無く、互いの健闘と奮闘を称え合い、共に盃を交わすのだ。

 もちろん次代の魔王がヘイスベルトの政治を引き継ぎ、人間界侵略を是とした場合は再び刃を交わし合う関係に戻るが、それは次代の魔王の決定次第。もしかしたらかの神魔王ギュードリンの治世のように、人間と魔物が肩を並べる時代が来るかも知れないのだ。

 冒険者達の何割かが目を見開いていると、パトリツィオがマリカへと声をかける。


「勇者マリカ、生き残っている魔王軍の魔物は?」

「そう多くはないだろうが、何割かはいるだろう。我々も殲滅せんめつは望まない」


 マリカの言葉に、パトリツィオがホッとした表情を見せた。

 確かに俺達も、魔王城の中をすべてしらみつぶしに探したわけではない。まだ探していない区画はあるし、そこで難を逃れた魔物もいるだろう。

 そしてその生き残った魔物は、今回の戦いを乗り越えた存在として、明日からは友になるのだ。そうした存在は、多いに越したことはない。

 俺が両腕を後頭部に回しながら、ため息混じりに言った。


「魔王の支配が無くなったとはいえ、魔王軍の魔物と仲良くってのも変な感じだよな」

「まぁ、いいんじゃない? 憎み憎まれも結局は政治的なもので、本当は分かり合える存在なのよ、人間と魔物も」

「実際そうだよな、人間と魔物の交流って、今じゃ珍しくもないものだし」


 俺の言葉に、エレンが苦笑しつつ返してくる。ロドリゴも小さく息を漏らしながら口角を持ち上げた。

 二人の言葉にも一理ある。魔王の方針がそうだったからというだけで、別に人間と魔物の間に種族的な悔恨とか、そんなものは大抵存在しないのだ。

 今では人間と魔物の交流も、魔王統治下であろうと結構盛んに行われているし、魔物の冒険者が人間界で魔物を討伐している姿も珍しくない。今回の魔王討伐だって、ギュードリン自治区の冒険者パーティーが普通に参加している事実もある。

 俺が納得したところで、エメレンスがこちらに歩いてきた。俺達の前を通り過ぎ、未だ倒れてそのままになっているヘイスベルトの亡骸に触れながら言った。


「それと、ヘイスベルトの遺骸は皆様の回収が済みました後、我々の手で埋葬いたします。それが終わりましたら頭骨を携えてヤコビニ王国のジャンピエロに伺いますので、宴のご準備を進めていただきますよう、お願いいたします。また、此度命を落とされました冒険者各位の遺体は、皆様の側でご埋葬いただきますよう、お願いいたします」

「ああ、分かった」


 エメレンスの説明を聞いたマリカが、大きくコクリとうなずいた。そのまま静かに歩いていくと、身体を削られて死んだルフィーノの方へと向かっていく。そのまま彼の遺体を確認するマリカに俺が目を向けていると、バルトロメオが口を開いた。


「次代の魔王のあてはあるのか? 後虎院ごこいんもその部下も、ほとんど全滅しているだろう」


 エメレンスへと問いかけるバルトロメオへ、問われた本人は少し考えるように口元に手をやった。それから、眼鏡に手をかけながら話し始める。


「世界各地に散らばるXランクの神獣の皆様に、私から打診をいたします。その他、相応しいと思われる魔物の方がいらっしゃいましたら、お手紙が届くことでしょう」


 彼の回答に、バルトロメオが納得した様子でうなずいた。

 もし魔王軍の魔物で戦いを生き残った者がいて、その魔物が非常に優れた力を持っているなら、次代の魔王として選出される可能性は高まる。しかし今回の場合、後虎院はおろかその直属の部下、さらにはその部下の部下に至るまで、ほとんどが討伐済みだ。部下の部下クラスで、生き残っている者がいくらかいる程度だろう。

 そうなると世界に散らばっている神獣や精霊の方が、力が強いということが十分考えられる。基本的に能力が高く戦闘が強い者ほど魔王になれるので、そちらから探したほうが早い、という寸法だ。

 と、そこでエメレンスの視線が俺達に向いた。


「ヘロルフ様、マンフレット様、アレイト様、エレン様、及びライモンド様・・・・・・といった、今回の討伐に参加なされたギュードリン自治区の冒険者の皆様も、対象となりますこと、ご承知いただければと思います」

「へっ?」


 唐突に名前を呼ばれ、俺は間抜けな声を漏らすしかなかった。

 「微笑む処刑人ソッリーデレボイア」の三名、ヘロルフ、マンフレット、アレイトが呼ばれるのは分かる。エレンの名前が挙がるのも当然分かる。

 だが、何故俺なのだ? その疑問を、俺は気付けば率直に吐き出していた。


「魔王候補? 俺が?」


 俺が目を見開き、自分を指さしながら言うと、ヘロルフがさも当然であるかのように俺の腰を叩いてきた。


「まぁ、俺達の中だったらライモンドが筆頭だよな」

「頑健王にトドメを刺したの、あなたじゃない。当然のことよ」


 アレイトも当たり前のように、俺に権利があることを主張してくる。

 待って欲しい、確かにヘイスベルトにトドメを刺したのは俺だけれど、俺が完全に魔物になったのはついさっきのことだ。なんなら所属ギルドもヤコビニ王国だ。

 焦った俺は、両手を大きく振りながら言い返す。


「いやいやいや、ダメだろうさすがに。ついさっきまで人間だったんだぞ」


 俺が問いただすと、予想外のところから攻撃が飛んできた。ロドリゴが俺の肩に腕を回し、頬をつつきながら言ってくる。


「さっきまではね。今は魔物なんだから問題ないだろう?」

「元人間で魔物になって、魔物として暮らしている人なんて山ほどいるじゃない。魔王候補にもなれるわよ」


 エレンも俺の足元で、尻尾を振りながらにこやかに言った。

 これは味方がいそうにない。下手をしたら本当に魔王候補にされてしまう状況である。がっくりと肩を落とす俺だ。


「えぇ……マジかよ……」

「ま、諦めるこった。なんならギュードリン自治区に住まいを移してもいいし、魔物様式の名前もつけてやるぞ、ライモンド」

「そうね。歓迎するわよ」


 そんな俺に、ヘロルフはなおも慰めにもならない言葉をかけてくる。マンフレットもアレイトもすっかり乗り気だ。

 これは、下手をしたら本当にギュードリン自治区に住むことになりかねない。引っ越しとか面倒だからやりたくないのに。

 俺の周囲でやいのやいの話す冒険者のところへ、マリカが戻ってきた。ルフィーノの遺体は既に袋にしまわれ、手にはオリハルコン製の彼のタグが握られている。あとはヘイスベルトの素材を回収すれば、ここでやることは終わりだ。

 冒険者達を改めて見回して、エメレンスがもう一度頭を下げてくる。


「では、私はこれにて。最後に、お亡くなりになられた冒険者の皆様について、お悔やみ申し上げます」


 その言葉に、冒険者達は小さくうなずく。こうして、魔王討伐とその後始末は、きっちりと幕を閉じるのだった。

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