32  封印された剣

 ライナムルへの思いを募らせるリーシャ、

「って、ここ、オッキュイネの部屋だわ!」

と急に立ち上がり、オッキュイネを驚かせる。翼を小刻みにバタバタさせてキュインと情けない声で鳴くオッキュイネ、ごめんねとリーシャが慌ててオッキュイネの頬を撫でる。


「オッキュイネ、ライナムルはこの塔のずっと下の方にいるわ」

 そこで人の大きさもある親玉ネズミと対決している、にわかにリーシャの心がざわついていく。


「ねぇ、オッキュイネ。わたし、ここでのんびりしていていいのかしら?」

わたしも地下に行ってライナムルの手助けがしたい――でも、足手あしでまといになりそうだし、それが原因でライナムルに何かあったらと思うと怖い……


 頬を撫でられて落ち着いたのか、ジッとリーシャを見詰めていたオッキュイネが、思いついたように立ち上がり木の扉に向かった。

「オッキュイネ?」

扉の前に立つと少し屈んでオッキュイネがつつき始めた。屈まないとオッキュイネの高さでは扉を突けない。


 ガガガガごごごごバキッぐしゃ!


「オッキュイネ! どうしたって言うの? 扉を壊したいの?」

 リーシャが聞くまでもなく、木の扉は見る間にズタボロになり階段に繋がる廊下が見え始めた。そこで気が済んだのか、オッキュイネが部屋の中ほどに戻ってくる。すると――


「やぁ、リーシャ。なんでこんなところにいるんだぃ?」

 扉にいたボロボロの穴から、ヒョンと入ってきたのはホシボクロ、オッキュイネに尻尾を絡ませ挨拶すると、リーシャの足にも擦り寄ってきた。


「あんたがいるなら扉、開けてくれたらよかったのに。鍵、掛けてないはずだよ」

「えぇ?」

飛び散った木っ端に気を付けて扉に近付いて確かめると、掛かっていないどころか鍵がない。


「ま、リーシャがいるって判ってれば、最初からリーシャに頼んださ。ボクがオッキュイネに頼んだんだからリーシャのせいじゃない、気にするな」

「気になんかしてないし――それよりライナムルは?」


 フフンとホシボクロがリーシャを見る。

「奮闘中さ。でもが悪い」

「分が悪い?」


「うん。親玉ネズミを倒して判ったんだけど、結局、子分ネズミと変わらない大きいだけのただの外ネズミだったんだ。魔力で大きく見せていただけ。魔物の王が与えた魔力を使ってたんだ――ライナムルが国王から魔力封じの剣を借りて、それで親玉ネズミを討った。で、いろんな情報をその親玉ネズミからボクが聞きだしたんだ」

「よかった、親玉ネズミはやっつけたのね」


「まだ説明は終わっちゃいない、落ち着いて聞けよ、リーシャ――ライナムルは確かに親玉ネズミを倒した。でも、すぐさま別の子分ネズミが親玉ネズミに変わった。だから親玉ネズミって言ったのさ」

「どういうこと?」


「魔物の王の魔力だよ――親玉ネズミがやられたら、別の子分ネズミを親玉にする。魔物の王が一匹しか親玉ネズミにできないのは封印されているからなんじゃないかってライナムルが言ってる」


「でも、それじゃあ、いくら親玉ネズミをやっつけても、キリがないってことなんじゃ?」

「そうなんだよね。こうなったらおおもとの魔物の王をヤるしかない」


「それにしても封印されているのに魔物の王は子分ネズミを親玉に変えるとか、なんで魔力を使えたのかしら?」

「そこなんだけどさ――外から来たネズミのおバカさんが、この塔の壁のどこかに穴をけたらしい。中に食べ物を蓄えてるって思ったんだと」


「穴が開くとどうなるの?」

「まぁ、そう急くな――穴を開けたネズミは中を覗き込んだ拍子に落ちた」

「落ちた? 魔物の王の部屋に?」


「そう、で、魔物の王は封印内部に入り込んだその外ネズミを最初の親玉ネズミにしたんだ。ボクがいろいろ聞きだしたのが、その元親玉ネズミさ――で、魔物の王は親玉ネズミに塔の外でいろいろさせた。ネズミなら塔の壁を昇って、自分で開けた穴から出られる。ついでに外ネズミの仲間を集めさせた」


「それで魔物の王は? 穴が開いたんじゃ、まさか解放された?」

「やっぱリーシャ、あんたもおバカだ――魔物の王の封印は、何も塔の壁がしているわけじゃない、壁は強化しているだけだ。だから壁に少し穴が開いたくらいじゃ、封印は解けやしない。ホンの少し魔力が漏れちゃうだけ」


 興奮気味だったリーシャがやっと息を吐く。

「壁に穴が開いても封印は解けないってことね?」

「うん、封印されていないのは上部だけ、つまりオッキュイネの部屋の床を破って出てくるしか、魔物の王には逃げ道がない。そして魔物の王はオッキュイネの部屋まで登ってこれない」


「でも、このままでは親玉ネズミが無限大に出てくるって事よね?」

 蒼褪めるリーシャをホシボクロが笑う。

「無限大は言い過ぎだよ。王宮に入り込んだ外ネズミの数を上限にってことだね」


笑いはしたものの、ホシボクロもすぐに真顔に帰る。

「国王から魔力封じの剣を借りたけど、斬った相手の魔力を封じられるだけなんだ。魔物の王の魔法は封じられない――ライナムルの体力と外ネズミの数、どっちが先に消えるかが勝敗を分ける」

「そんな――どうにかならないの?」

「うん、今、王宮ネズミを集めてる」


 ホシボクロが壊れた扉の外を見る。

「戦闘に自信がない王宮ネズミは巣に残ってる。そいつらに来て貰うことにした。そろそろ来るんじゃないかな?」


「王宮ネズミに何をさせるの?」

「塔の壁に穴を開けても魔物の王は出てこられない。だから王宮ネズミたちに大きな穴を開けて貰うことにした」


「そんなことしてどうなるの?」

「封印された剣を取りに行く」

「え?」


「オッキュイネが通れるほど大きな穴を開け、オッキュイネとボクが塔の地下、封印された剣が刺さっている森側の扉の前に降りる」

「ホシボクロ……オッキュイネ――そんな、危険だわ。魔物の王の近くに行くなんて」


 フンとホシボクロが笑う。

「このままじゃライナムルの体力が持たない。危険かどうかなんて問題じゃない。リーシャはライナムルが死んでもいいの?」

「バカなこと言わないで!」


「リーシャにバカだなんて言われたくない!」

本気で怒るホシボクロに理不尽なものを感じるリーシャ、とりあえずそこは後回しにしてホシボクロに問う。


「この計画、ライナムルは知っているの?」

ホシボクロがソッポを向いて背中を舐め始めた。しらばっくれたい猫になってる。


「オッキュイネのことも危険に晒すことになるのよ?」

 リーシャのこの言葉に、ホシボクロがすっと立ち上がり尻尾を立てた。

「リーシャ、ボクは言ったよね。ライナムルのためになら死んだっていいんだ。それはね、リーシャ、オッキュイネだって一緒だ」


「いやよっ!」

リーシャが叫ぶ。


「ライナムルは誰にも死んで欲しくないって言った! わたしだって誰にも死んで欲しくない!」

「リーシャの判らず屋――」

溜息を吐くホシボクロだ。


「ボクだって死にたくない。ライナムルを死なせたくないから、死ぬかもしれないけど挑むんだ。リーシャ、判ってくれないの?」

ポロポロ涙を零しながらリーシャが唇を噛み締める。


「ライナムルを死なせちゃダメ――」

そのためにはオッキュイネとホシボクロが危険な塔の地下室に行かなきゃどうしてもダメなの? 封印された剣を取ってくる方法はほかにはないの?


 リーシャを見ていたホシボクロは急に注意を廊下に向けた。タンと扉の穴から外に飛び出し、ニャオニャオと騒ぐ。どうやら王宮ネズミが集まったようだ。


 もちろんリーシャにはホシボクロの言葉が判る。集まってきた王宮ネズミたちに壁に穴を開ける指示を出しているのだ。オッキュイネの部屋の窓の下の壁、そして階段を隔てた壁、二か所にオッキュイネが通れる大きさの壁を開け、そこから塔の内部に入る。そんな計画らしい。すぐさま王宮ネズミが壁をかじるすさまじい音が窓の外から聞こえ始める。


 扉に開いた穴からホシボクロが戻る。もう止めても無駄だろうと思うリーシャ、ホシボクロは自分で考えて自分で選んだことをする。わたしはわたしで考えて、最善のことをしよう――


「そう言えば、鍵が掛かってなくてもここの扉は開けられなかったのね」

「ここは建付けが悪いんだ。重くってボクが押したってビクともしない」


「ライナムルの部屋も、開けられるけど閉められないって言ってたね」

「おうさ、ボクはこう見えても猫だからね。ドアノブを掴んで引っ張るなんてできないさ」


こう見えても、って、どう見てもあなたは猫よ、と笑いそうになったリーシャがハッとする。

「ホシボクロ、どうやって剣を持つつもり?」


ホシボクロが露骨に嫌そうな顔をした。前足で顔の手入れを始めてしまう。聞こえないフリ作戦か?

「ホシボクロ! 誤魔化さない!」


 リーシャの怒鳴り声にしょぼんとしたホシボクロだ。

「うん、ご指摘通り、実は持ち帰る方法は考えてない。剣を手に入れてから考える」


「それって失敗する可能性が恐ろしく高いんじゃ?」

「そうだね、たとえ魔物の王を振り切って剣を手に入れても、ボクには剣を運ぶ方法がない。剣は諸刃で抜き身だ。オッキュイネの嘴で咥えるのも足で持つのも無理。切れ味抜群だってことだから、掴めばこっちが切り落とされる」


「刃が両面にあって、鞘に納められていないってことね?」

「戦いの途中で弾き飛ばされたんだ。で、木の扉に刺さってる。正直、抜くことさえできるかどうか――」


 いつも生意気で自信満々なホシボクロが小さく見える。

「でもね、リーシャ、何とかしたいんだ。ライナムルを――」

「判った!」

ホシボクロをさえぎってリーシャが叫ぶ。


「わたしが行く! わたしがオッキュイネに地下に連れて行ってもらう!」

オッキュイネが驚いて、キュルキュルと小さな声で鳴いた。

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