17  生まれた時に呪われて

 どういう意味? 戸惑うリーシャがロンバスを見詰める。するとロンバスが顔色を変え、

「ライナムルさま! 食べながら眠らない!」

と悲鳴を上げた。


 見るとライナムルは幸せそうな顔で口をモグモグさせながら、ウトウトと上体をフラフラさせている。

「どんだけ疲れてるのよっ!?」

思わずリーシャも突っ込んだ。まったく赤ん坊じゃあるまいし、さすがにこれは呆れていいよねっ!?


 ライナムルに駆け寄ったロンバスが倒れそうなライナムルを支え、フォークを取り上げる。代わりにカップを手に持たせると、条件反射なのか、ライナムルがお茶を啜る。口元に触れる直前、ロンバスがカップに指先を触れさせたのを見逃さなかったリーシャ、

「お茶を冷ますこともできるの?」

とロンバスに問えば、

に関しては自由自在です」

怒ったようにロンバスが答えた。ロンバスが怒っているのはリーシャじゃなくって、きっとライナムルに対してだ。


 ムッとしたリーシャだが、思い直してロンバスに同情する。こんな手のかかる御主人、ロンバスがよく逃げ出さないものだわ、と思う。でもきっとロンバスもライナムルが好き。だって手のかかる子ほど可愛いって言うじゃない。修道院の孤児の中でもイタズラな子ほど甘えん坊だったと、リーシャが思い出す。そんな子ほど気掛かりだったと思い出す。


「自由自在って……氷も作れてしまう?」

「水があればね! そんな事より、ライナムルさま! しっかりして。ちゃんとベッドでお休みください」


「水は要らないよ、ロンバス。今、お茶を飲んだからね。それよりまだパイを食べ終えて――」

「ちゃんと取っておきますから! またあとで召し上がってください。さぁ、温和おとなしくベッドに……」

「そうぉ? 食べちゃわないでね。僕ね、アップルパイ、大好きなんだ。もっと好きなのはリーシャだけど」

食べ物と並べるなっ! これはリーシャの心の声だ。


 ふらふらと立ち上がるライナムル、ロンバスが視線をリーシャに向けて

「早く寝室にお連れになってください」

と泣きそうな声で言う。


「えっ? わたし?」

「そうですよ、わたしはリーシャさまのお部屋に入ることを禁じられていますから。ほら、早く」

「あ、はい……」


 なんでわたしの部屋なの? と疑問を感じるものの、言い争っても勝ち目はない。慌てて立ち上がりライナムルに寄り添うと、嬉しそうな顔で

「リーシャ……」

とライナムルが呟いた。その嬉しそうな顔に騙されるリーシャだ。


「ライナムル、しっかりして。自分で歩ける?」

リーシャの問い掛けに、もちろん、と答え、てのひらを上に向けてリーシャの前に出す。どうもリーシャの手を引こうというらしい。大丈夫なのかライナムル? フラフラしているくせに女の子の手を引くのはせめてものプライドなのか? それともリーシャに手を引いて欲しいのか?


 頭が痛くなりそうなリーシャだが、手を預けると思ったよりしっかりとした足取りでリーシャの部屋に向かうライナムルだ。ドアの前でちょっとだけ立ち止まり首を傾げたのはこの際、見なかったことにしよう、すぐに思いついてドアを開けたのだから良しとしよう!


 部屋のドアが閉まる寸前、ロンバスの声が追いかけてきた。

「一緒にだけですからね! 間違ってもダメですよ。化石になってしまいますからね!」

ぱたりとドアをライナムルが閉めた。


「間違えってなによっ!? それに、化石?」

問うリーシャにライナムルが瞳をクルリとさせて答える。

「金貨」


わけの判らないリーシャが

「貨幣?」

と再び問えば、

「一体化」

とライナムルが応える。


「解体?」

「いつか」

「か、か、か……」


 考え込んでしまったリーシャを気にすることもなく、ベッドに潜り込むライナムルだ。

「いいから、リーシャ、早く来て。しりとりはまたあとで。寝るよ、手を繋いでおくれ」

「あ……」


 なんでここでしりとりなのよ、と思いつつ、急いでリーシャもベッドに潜り込む。そのリーシャの鼻先をライナムルの髪を束ねていた紐がクネクネと横切って、いつもの姿見の上にフワッと引っ掛けられて落ち着いた。ライナムルを見ると今日はうつむけで、顔はリーシャのほうを向き、解けた髪がパラパラと枕に広がっている。


「ライナムルは魔法使い?」

 自分の枕に頭を預けながらリーシャが問う。

「魔法なのかな? 僕にはね、生まれた時に掛けられたのろいがあるんだ」

眠そうな眼でライナムルが答える。


「呪い?」

「うん、兄上が生まれてからなかなか次の懐妊がなかった母上ががんを掛けた。それを聞き届けたのは魔物だった」

「そんな……」


「いずれ呪いは消える。でも、それにはリーシャの力が必要――」

「そんな大事なこと、どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」


「リーシャが修道院に帰りたがっていたから。こんな話を聞かせたら怖がって、なんとしてでも逃げ出すんじゃないかなって思った。でももう、帰りたい、なんて言わないよね? 僕の傍にいてくれる、そう感じたから話す気になったんだ。だってリーシャは逃げようと思えば逃げられるのに、逃げる素振りが全くない。監視なんか付けてないのに、ちゃんとこの部屋で眠ってくれる――無理に引っ張り込んでごめんねって思ってる。でもね、ありがとうリーシャ、大好きだよ」

「ライナムル……」


 そうね、わたし、ずっとあなたの傍にいるわ。そう言いたいリーシャだったが、ライナムルが寝息を立て始めたのに気が付いて言うのをやめた。ひょっとして、また寝たふり? そうも思ったけれど、そうだとしたらライナムルはリーシャの返事を聞きたくなかったんだと思った。リーシャの返事が怖かったのかもしれない。嫌な返事なんか聞きたいはずがないし、嬉しい返事だったらどんな顔をすればいいか判らなかったんだ。


 寂しがりやで食いしん坊で焼きもち妬きで、そして人が聞いたら赤面物のセリフを平気で言うのに、急に照れて寝たふりをする。そんなライナムルを愛しいと感じるリーシャだった。


 ライナムルに掛けられた呪いって、いったいどんなものなのかしら? ライナムルの寝顔を見詰めて考えてみたが、リーシャに判るはずもない。いつしかリーシャも夢の国にいざなわれる。寝返りを打った時、後ろからライナムルに抱き締められたと気づいたけれど、そのままにしておいた。


 前に回されたライナムルの腕に自分の手を添える。背中が体温で温められ、耳元に感じる息吹に安心する。いい香りに包み込まれ、ここが自分の居場所だと、どこかで感じる自分がいる――


 リーシャを揺り起こしたのはウルマだった。

「起きて、リーシャ。夕飯を済ませたら街に出るよ」


「ウルマ? なんでウルマ?」

「東門を見に行くんだ。王子としては行けないからウルマとして出かける。それともリーシャはお留守番にする?」

「ううん、一緒に行くわ」

だって一緒に来て欲しいんでしょう? それは言わずに飛び起きたリーシャだ。


 身だしなみを整えて応接室に行くと、ロンバスがスープを取り分けているところだった。今夜の献立はオニオンスープ、魚を香草で包んで蒸したもの、潰したポテトに刻んだ野菜を混ぜたもの、数種類のパン、皮を剥いて食べやすく切ったオレンジの皿もある。


「そう言えば、アップルパイは?」

「とっくに食べちゃったよ。食べてから父上にも会いに行った。ギミビジ公爵は暫く放っとくことになったよ」

「そうなんだ……」


 ライナムルが起きだしたことに全く気が付かなかったリーシャだ。いつの間に、と思ってしまう。自分が放っておかれた気分で少し面白くない。


「また衛兵を連れて行くの?」

「まさか! 何のためにウルマに化けたと思っているんだい? やっぱりリーシャ、おバ――もうちょっと深く考えたほうがいいよ」


おバカさん、って言おうとしたわね? ムッとしたが、ここでもリーシャは黙っていた。リーシャの応戦を期待していたのか、少しがっかりした様子のウルマだったが、気を取り直して食事を進めている。リーシャも慌てて食べ始めた。


 いくつかある裏門の一つだという小さな門を出て街に向かう。

「リーシャさまのお供で街へ散歩に参ります」

ウルマの言葉を門番たちが疑うこともない。ただ、護衛をお付けしますか、との言葉を、後ろにロンバスがいることに気が付いて引っ込めた。ロンバスは騎士として優秀なのねとリーシャが思う。そう言えば、修道院の裏手で一人で五人を相手したっけ、と思い出す。


 街はまだ宵の口、酒場からは賑やかな笑い声が響いてくる。はたから見れば三人はそぞろ歩きの探索風、のんびりと物見遊山と言ったところ。けれどウルマは確実に東門に向かっている。途中、頭上で『キューーー』と聞こえた時、ウルマが足を止め、空を見上げた。


「オッキュイネが帰ってきたね」

「そのようですな」

ロンバスは上を見もせずそう答えた。


「あれがオッキュイネの鳴き声なの?」

「そうだよ。ライナムルに会いたがってる」

「会いに帰る?」

「いいや、空の上でこちらを見つけている――きっとついてくるよ。ちょうどよかった」

リーシャにそう答えながらロンバスと目配せをするウルマだった。


 東門はとうに閉ざされているようだ。しっかりと降ろされた門の前に門番が立っている。立っているのは全部で四人だ。それを少し離れたところに身を潜めてウルマが見詰める。ロンバスが、

「門番に話を聞いてみましょう」

と離れて行った。


 ロンバスに気が付いた門番が姿勢を正し最敬礼をする。それに答えてロンバスが何か声をかける。そのロンバスの動きが不意に硬くなり、門を見上げた。


「あ、危ないっ!」

思わず声をあげるリーシャ、飛び出しそうなのをウルマが押さえる。ロンバスのずっと上から、何か大きな塊が落ちてくる――

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